20.春の手を引いてきた
ザンザスの婚約者でいることは容易ではない。勿論、それは妻になればもっと大変だ。例えば、パーティの最中に面倒な参加客から敵意を向けられて庭の奥底に隠れているとか。そして、まさか、BGMが男女の愛を交わし合う音だったりとか。

「ああっ、もっと、もっとして」

きらとザンザス2人の愛の交わし合いではない。2人は立派な屋敷の裏庭、庭に顔を向けるようにして背中は屋敷の外壁に預け座っている。
目の前にある薔薇の茂みに隠れる様にして行為を行なっている男女は、追われている2人がいることに気付いていない。月明かりの下、白い薔薇が彼らを取り囲みさぞかしロマンティックであろう。その2人にとっては。

『ザ、ザンザスさん・・・!』

ここに逃げてきた時にどうしてよりによって、とザンザスは愕然とした。まだ無垢なきらは愛を交わし合っている音を聞いて、大きく目を見開いていた。しかし逃げ場所はここにしかない。諦めて動揺する婚約者の手を引いてここに隠れたが、きらの気まずさは繋いだ手から十分伝わっている。

「じっとしてろ」

きらは首を縦に振ってから、足元を見つめている。新しいワンピースを下ろさなくて良かった、と思いつつも目の前で、薔薇の茂みの向こうで行われている行為にどきどきしてしまう。よりによってまだ互いに愛情を交わし合った事のない相手と一緒だ。ルッスーリアと一緒だったら違ったかもしれない。気まずい沈黙を携える者達と濡れそぼった愛を囁き合う者達。

「あん!そんな、あぅっ!ああっ!」

女の喘ぎ声が一際大きくなった時、きらはなんだか恥ずかしくなりザンザスに繋がれた手を解こうとした。しかし、ザンザスがそれを許す筈が無く逆に強く引かれてしまったのだ。こんな場所でしなくても良いのに!と行き当たりの無い怒りと動揺がきらの中で生まれる。

「こっちから戻るぞ」

幹部の誰かから連絡を受けたのだろうか。やっかいな参加客からの隠れんぼが終わった。広間に戻れば誰も怪我もなく、何の破損もない。穏便に終えれた事にきらはホっとした。そして、先程のカップルのせいで火照った顔を冷まそうと自分の気持ちを落ち着けるべく、グラスに口をつける。

ふと、自分もいつしかザンザスとああやって肌を重ねるのだろうかときらは考えた。
あんなに大きく声が出るものなのだろうか、でも外は嫌だな、ザンザスさんは隣でどういう気持ちになったんだろう、すごく落ち着いて見えたけどな、と。そしてまさかこの後、彼女は自分がここまで動揺していたとは思いもしなかった。

「きら」

それはワインだ、と言おうとしたザンザスだったが既にきらは大きく口に含みすぎた様で元に戻す事も出来ずに全て飲み干してしまった。

「どうしよう!白ワインだった!」

「あら、きらちゃん今日は飲むわねえ」

「違うの!お水だと思ったの!」

やけに落ち着きのない婚約者だが、その理由を知るのはザンザスしかいない。
ベルはきらをおっちょこちょいと言って笑うばかりだ。慌てて水を飲み、酒を濁してみる。効果があるかはわからないがいくばくか気持ちは落ち着く。

「でも、このお酒美味しかったかも」

「もう一杯飲めば?」

一体何がきらの気持ちを高揚させたのか。ベルに勧められるがままきらはもう一杯同じ酒を飲んだ。ワインはあまり得意ではないが何だか飲みたい気持ちになってしまった。少し飲んで、また少し飲んで、酔っ払ってしまった。

「飲みすぎだ」

「いつもより?」

ザンザスと腕を組んでいるきらの頬はすっかり赤く染まっているし、楽しげに笑っている。先程のカップルの熱に当たってしまったせいではない。その熱を忘れようとした筈が酒の熱にきらは浮かされてしまったのである。瞳は溶け始めたばかりの飴玉の様だ。

「あの2人、誰にも見つからなかったかな」

「見つかったって気にしねぇだろ」

「そうですかね・・・」

「なら、試してみるか?」

ちょっとからかってみただけだった。別にきらと外でしてみたいだなんてザンザスは思っていない。けれどもきらはひどくびっくりした様で、何度もぱちぱちと睫毛を上下させるばかりだ。

「だめ!しません!」

勢いで後ずさり転びそうになる。とっさにザンザスはきらを前へと引っ張り、自分の目の前に踊り出させた。

「冗談だ」

自身の貞淑な婚約者に口づけをする。そしてそのまま、いつもより体温の高いきらのくびれに両腕を回して彼女を見つめる。

「ほんとに?」

「ああ。無防備すぎる」

「・・・ふふ、本当だね」

もし、自分に本当にそんな事を求められていたらどうしようと不安になったきらだったが、ザンザスの言葉を聞いて納得する。
外で愛を交わすのは確かに、彼の職業柄あまりにも無防備だ。

「ザンザスさん、かっこいい」

酒を飲んでも変わらない彼と違ってきらはやけに素直になる。ザンザスは鼻で笑ったが、そんな仕草ですら愛おしいのか、珍しくきらからザンザスの唇に口づけが送られた。

「すき」

「・・・いつもより積極的だな」

ああ、きらが溶けてしまいそうだ。
自身の首に巻かれている腕は細くて柔らかい。このまま口づけし続ければ自分の方が溶けてしまうかもしれない、とザンザスは柄にもなく思ってしまった。
きらと肌を合わせるのはまだ先だ。それでも今夜、あのカップルの熱に当てられたせいにして彼女と肌を合わせれたらどんなに幸せなのだろうか、とザンザスは考えたのであった。
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