小説 | ナノ
 麗やかな小春日和だ。
 ぽかぽかと過ごしやすい気温に暖かくやわらかな日差し、穏やかな風が運んでくる花の香りが鼻腔をくすぐり、心を落ち着かせる。
 こんな日は、空がよく見えるお気に入りの場所で寝っ転がって雲を眺めながらうとうとと昼寝するのに最適だ。ぼんやりとそんなことを思い、くわっと口元を隠しもせず大口を開けてあくびをするとバチンッと背後から頭を叩かれた。

「いって!」
「こら、シカダイ! こんなところでぼーっとしてないで、修行しろ修行! もうすぐ実技テストがあるんだろう?」
「母ちゃん……」
 叩かれた頭部をさすりながら振り返ると扇子を持って仁王立ちをしている母の姿がそこにあった。額に青筋が立浮かんでいる。
 母ちゃんを怒らせると怖いというのは父の口癖みたいなものだ。めんどくさそうに後頭部をかきながらそう呟いてしぶしぶと言われたことをしているのをシカダイは幾度も目にしてきた。
 そんな父親の姿を脳裏で浮かべ、ひとつ身震いをすると縁側から立ち上がった。これ以上怒らせたらたまったもんじゃない。

「はいはい」
「はいは一回! ……ったくもう。誰に似たんだか」

 間違いなく母ちゃんじゃねえよなぁ。ってことは父ちゃんしかいねえか。

 そう心の中でひっそりと漏らしながらシカダイは玄関へ向かい、靴をきちんと履き庭へ出た。
 母の言う通り、近々アカデミーでクナイのテストがある。
 シカダイはそこまでクナイを扱うことが苦手なわけではないのだが、命中率七十パーセントといったところだ。母からすればまだまだ詰めが甘いらしい。つい先日、母に修行を見てもらった時に言われたばかりのことだった。
 確かに、シカダイの目からしても自分のクナイさばきはまだまだだと思う。両親ともに寝っ転がってても庭先に取り付けたシカダイの修行用の丸い的の真ん中に百発百中で命中させている姿を見せられると本当にまだまだだと思う。けれども、修行というのはやはり面倒なものだ。
 めんどくせー、と一人漏らしながらクナイを手に的へ投げる。
 シュッと空気を裂いて的に刺さったそれはど真ん中の赤い印から数センチずれたところへ突き刺さった。
「ちぇっ」
 やっぱりまだまだ詰めが甘いってか。
 シカダイはそのまま五本程連続でクナイを放った。その五本中三本は真ん中の赤い印に刺さったが、残り二本はその中心よりも数センチずれたところに突き刺さった。
 シカダイは庭に敷き詰められた砂利を踏みしめながら的へと近づく。的のそばまで近寄ると突き刺さった六本のクナイを引き抜き、また定位置へと戻った。
 もう一度。
 集中力を研ぎ澄ませ、またシカダイは的へとクナイを放った。

 何度同じことを繰り返したことか。始めた頃は空の高いところに太陽がいたというのに、気づけばそいつは西の空へ傾いていた。茜色に染まった空の色を視界にとらえながら、そろそろ夕飯かなあと頭の隅で考え、本日何度往復したかわからない塀に取り付けられた的へと近づいた。
「ん?」
 しかし、的へと近づく途中のことだ。シカダイはキラリと輝くものを視界にとらえた。足を止め、首を傾げながら視界の隅にとらえたそれをしかと見ようと目をこらす。
 じゃり、じゃり。砂利を踏みしめ、庭にある池のそばで輝くそれへと近づく。小さいが眩い光を放つそれに手を伸ばしす。
 摘み上げたそれは硬く、親指のぐらいの小さなものであった。

「……ピアス?」

 親指と人差し指でつまみ上げたそれは小さな一粒のダイヤと思わしき宝石のピアスだった。茜色の夕日を受けキラキラと輝くそれはどこからどうみても女ものだ。ダイヤの土台となっている金色に輝く金具の部分は錆びており何年もこの場に放置されていたことがうかがえる。

「……っ!」

 シカダイはその女物のピアスを片手に頭を巡らし、顔を青ざめさせた。それはほんの数秒のこと。
 まずい、これはまずいやつだ。警告音が脳内に鳴り響く。
 何がまずいってこのピアスの持ち主のことだ。
 シカダイの母であるテマリはピアスの穴を開けていない。たまに出かける際、耳に装飾品をつけることはあるがそれはもっぱらイヤリングばかりだ。すなわち、彼女はこのピアスの持ち主ではない。
 シカダイの祖母であるヨシノはピアスを開けているが、祖母は絶対に違う。彼女の耳たぶにつけられているそれは奈良家に嫁に来て、シカダイの祖父にあたるシカクから送られたというピアスを大切に今でもつけているからだ。
 以前ヨシノから彼女のつけているピアスの話をシカダイは聞いたことがあった。送られてからこのピアス以外はつけていないことを。ということは彼女もまたこのピアスの持ち主ではないことがわかる。
 そうなると、この奈良家に足を踏み入れる人でピアスの穴を開けている女性がめぼしいわけだが、その有力な人物となるとシカダイの幼馴染であるいのじんの母・いのが有力なわけだが彼女もまた違うと断定できる。
 いのがつけているピアスは自身の父の師でもあり幼い頃からよく構ってもらっているミライの父であるアスマから貰ったものだという。父が身につけているピアスもそうだ。三人が中忍試験合格を機に貰ったと以前言っていたのをシカダイはちゃんと覚えている。つまり、いのとシカダイの父・シカマルとチームメイトであるチョウジも違うことが言える。それに猪鹿蝶は皆、揃いのピアスを猿飛家から授けられるというしきたりもある。
 と、言うことは、だ。
(もしかして、もしかしなくても……)

 ――父ちゃんの浮気相手?

 ひとつの答えにたどり着いてしまったシカダイは顔を青ざめさせた。
 いくら数年前の物だとしたって、父親にそのような相手がいたことが母に知られたら。
「シカダイ? 修行は終わったのか?」
 ぎくり。なんてタイミングなんだ、とシカダイは驚き肩を跳ねさせ家の方へと振り向く。
 案の定、着物の上に割烹着を着た母がおたまを片手にそこに立っていた。シカダイの反応に訝しげに目を見張る彼女にシカダイは慌てて手の中のものを握りしめ彼女の目から隠す。
「まさか、サボっていたんじゃないだろうな?」
「ち、ちげぇって!」
 母はじとりとシカダイを疑いの目で見つめる。
 ごくりと喉が鳴った。
 バレませんように。そう願いながらピアスを握った拳をさらに強く握りしめる。
「ふうん、そうかい? そろそろ夕飯のできるからお風呂入っておいで」
 そう言うと母は背を向けると台所へと戻っていった。
 母の姿が見えなくなるとシカダイははぁーっと大きく息を吐き、背を丸める。
 よかったバレなかった。
 こんな大事件がバレたら家庭崩壊どころの話ではない。第一次奈良家大戦が始まってしまう。
 己の恐ろしい想像にシカダイは身震いをひとつし、ピアスをポケットの中に忍ばせた。この秘密はこっそり自分でなんとか処理せねば。
 夕暮れを背に、シカダイは玄関へと向かった。自分の気持ちを心の奥底へと押し込みながら。

 シカダイの父であるシカマルはとても多忙な人だ。
 七代目火影でありシカダイの友人・ボルトの父でもあるナルトの補佐として毎日朝から晩まで働きづめ。朝早くに家を出て、帰ってくるのは日付が変わる頃。
 たまに早く帰ってくることもあるが、そんな日は決まってぼんやりと縁側で寝そべりながら本を読んだり将棋を指したりしている。休みの日は母の尻に敷かれながらはいはいと家のことをしていたり、シカダイの修行を見てくれたりもする。
 息子ながら、とても良い父親なのではないかと思う。いのじんの両親のように人前でいちゃいちゃすることはないが、父が母をとても愛していることだってちゃんと理解している。
 そんな父ちゃんが浮気? いやいやありえない。だってあの父ちゃんが、だ。いつもふとした時に母ちゃんをこっちが恥ずかしくなるぐらいやさしい目で見つめている父ちゃんが浮気なんて。
 正直シカダイはそう思っていた。

 しかし、しかしだ。

 シカダイは母とふたり夕飯を食べ終え、自室のベッドの上で寝っ転がりながら人差し指と親指の間に摘んだきらりと光るピアスを見つめた。
「さすがに、俺がちっちぇ頃はわかんねえよなあ……」
 はぁ、とため息を漏らすと階下からガラガラと玄関の開く音が聴こえてきた。どうやら父が帰ってきたようだ。頭を起こして目覚まし時計を確認すると時刻は二十二時を示している。今日も忙しかったのだろう。
 シカダイは意を決してピアスをまた握りこみ、ベッドから身を起こした。
 ぐるぐる考えていても仕方がない。母に悟られぬように父に聞いてしまおう。



「父ちゃん」
「あ? どうしたシカダイ」
 縁側で寝そべりながら本を読んでいたらしい。シカマルは背後から声をかけると本から顔を上げてシカダイの方へ振り返った。
 風呂上がりなのか、自分と同じ影と同じ色をした髪が月明かりに照らされ艶々と輝いている。肩に下げられたタオルもしっとりと濡れていた。
 テマリの姿がないことを確認し、シカダイはシカマルへと近づき、彼の頭の横へと腰を下ろした。
「母ちゃんは?」
「風呂入ってる。なんだ、珍しいな。父ちゃんとこ来るなんて」
「……ちょっと、聞きたいことあって」
 ニヤリと口角を上げながらこちらを見上げてくるシカマルにシカダイは唇を尖らせた。
 いつもとなんら変わらぬ父。そんな父に過去のことを聞くのはなんだか躊躇われた。
 自分の父親のことは信じている。尊敬だってしている。その気持ちは変わらない。
 けれども、その強い気持ちが揺らいでしまう。崩れてしまう。ぐるぐると黒い渦がシカダイの胃の辺りに立ち込め、内側からシカダイを煽る。そんな気持ちになってしまうのは、このピアスがシカダイの記憶にない頃の話だからだ。
 シカマルに聞いて、はやくその口から「なんだそれのことか」と笑い飛ばししてほしい。はやくこの黒い渦を吹き飛ばして、安心させてほしい。
「なんだなんだ、黙り込んで。修行のコツでも聞きてえのか?」
 笑みを含ませた声音でシカマルは続ける。
「今日も頑張ってたって母ちゃん言ってたぞ」
 母ちゃんそんなこと言ってたのか。
 照れ臭くなりながらシカマルを見れば、うれしそうに頬を緩めていた。
 その緩めた頬がひくりと引きつり、父の目が神妙に細まる姿を想像する。
 大丈夫、そうはならない。シカダイは必死に自分に言い聞かせた。

「……そうじゃない」
「じゃあなんだよ」
 シカダイは一度ぎゅっと目を瞑り、意を決してピアスを握り込んだ拳をシカマルの顔の前へと突き出した。
 きょとりと目を丸めた父の表情を逃さぬようしっかり見つめながらシカダイは拳を開き掌の上に乗せたキラリと光る小さなそれを見せた。
 シカマルの目が見開かれる。
「……お前、どこでこれを」
 ああ、しまった。黒だ。これは見せてはいけないものだったのか。
 いつの間にか汗ばんでいた背に汗が流れた。

「ふたりして何してるんだ?」

「わっ!」
 突然背後から降りかかった声にシカダイは驚き声を上げた。
 びくりと身を震わせながらがばりと後ろを振り返ると風呂上がりの母がそこに立っている。
 カツン。
「あっ」
 動揺し、振り返った拍子にシカダイの掌の上に乗せられていたピアスがテマリの足元へころりと転がり落ちる。
 俺の馬鹿!
 心の中で悪態をつきながら、すかさずそれに手を伸ばそうとするも時すでに遅し。
 テマリは訝しげに足元へと転がってきた小さなそれを拾い上げた。顔の前でじっくりとピアスを眺める母の姿にシカダイの心臓は嫌な音を立てながら疾走する。
 まずいどうしよう、どうする。必死に思考を巡らせるがうまい策が見当たらない。
 第一次奈良家大戦勃発だ。
 ぎゅっと固く目を瞑り、母の第一声をまるで死の宣告を聞くかのごとくシカダイは待った。

「あああっ!! このピアス!」
「随分と懐かしいもん見つけてきたな、お前」

「……へ?」

 パッと目を開くとうれしそうにニコニコと笑みを浮かべた両親の姿がそこにあった。
 想像していた恐ろしい惨状ではない、和やかな空気にシカダイは拍子抜けする。

 どういうことだ?

「母ちゃん……それ……」
「うん? これはね、母ちゃんのピアスだよ。ずっと失くしてたんだが、どこにあったんだ?」
「え……そこの池の近く……」
「よかったじゃねえか。アンタ、それ失くしてすげえ凹んでたもんな」
「もう見つからないかと思ったよ。よく見つけてくれたなぁ、シカダイ。ありがとう」

 シカダイは全く状況が掴めなかった。
 ピアスが母ちゃんの? なんで?

「それ、母ちゃんのなの?」
 シカダイは恐る恐る上目で母を見上げながら聞く。
「さっきそう言ったじゃないか」
 にっこりと笑顔で答える母のそれは嘘偽りのないスッキリとしたものだ。寝そべっていた体を起こした父も、うれしそうに頬を緩ませて微笑んでいる。
 母ちゃんの、ピアス?
「えっ、父ちゃんの浮気相手のピアスじゃないの?」
 つい、ぽろっと。シカダイは純粋に腹の中で燻らせていた疑問を口にしていた。
 あまりにも鬼気迫る様子だったのか、ふたりはぽかりと口を開けて驚愕の表情を浮かべている。それから、ふたりで顔を見合わせ、腹を抱えながら笑い出した。
「父ちゃんの、浮気相手のピアスって、お前……何言い出すのかと思えば……ははっ、んなわけねえだろっ」
「あはははっ、シカダイ、面白いこと言うね! この父ちゃんが浮気出来る根性あるわけないだろう!」
 ヒィヒィ苦しそうに身悶えながら笑うふたりにシカダイはむっつりと頬を膨らませた。
 なんだよ、心配して損した。
 一頻り笑いの山を越えたのか、テマリは息を整えるとふたりの近くに腰を下ろした。

「これはな、私が奈良家に嫁いだ時に父ちゃんから結婚指輪の代わりに貰ったものなんだ」
 テマリはふふ、と手の中に収まるピアスを見つめながらそう言った。
 シカマルはそんなテマリを横目に下唇を突き出しながらぼりぼりと照れくさそうに首の後ろをかいている。
 奈良家では嫁いできた嫁に指輪の代わりにピアスを送る風習があった。シカダイの祖母であるヨシノが大切にしているピアスも、祖父が結婚指輪の代わりに送ったものだ。
 しかし、どう見てもテマリの耳にそれらしきものは見当たらない。だからシカダイはそのピアスがテマリのものだなんて思いもせず、その奈良家の風習をすっかり忘れていたのだ。
 それに、だ。
 母の言葉にシカダイは首を傾げた。
 結婚指輪の代わりと母は言ったが、ふたりの首から下げられたお揃いの輪っかはどう見たって結婚指輪だ。直接聞いたことがあったわけではないが、自分が生まれた時から肌身離さず身に着けているため、そうなんだろうと思っていたのだ。
「でも、母ちゃんってピアスの穴開いてないよな」
「ああ、今はね。塞いじゃった」
 ピアスを持っていない手でテマリは自身の耳たぶに触れた。
「なんで?」
「うーん、いつだったかな、シカダイがまだ赤ん坊だったとき」
「いや、二歳ぐらいじゃなかったか?」
「そうだったっけ? まあ、そのぐらいのときかな。嫁いでくる時に開けたんだけど、お前が産まれて、抱っこして庭を散歩してるときにはしゃいだお前の腕が私の耳に当たってな、ピアスの片っぽをどこかに失くしてしまったんだ」
「へえ」
 まさかそんな経緯があったなんて考えもつかなかった。
 シカダイは座り直し、話を聞く姿勢を作った。
「じゃあ、父ちゃんと母ちゃんがいっつも首から下げてるその指輪は? 結婚指輪じゃないの?」
「これか?」
 シカマルが服の中からチャリ、と金属の音を立てながら取り出し、持ち上げて見せた。
「そう、それ」
「まあ、一応結婚指輪だな。母ちゃんがピアス片っぽ失くしちまって、もう片っぽもお前を抱っこしてる時に失くしちまったら申し訳ないっていうんで、指輪作るかって話になったんだ。ほら、母ちゃんの指輪にはそれと同じダイヤついてんだろ?」
 テマリが懐から指輪を取り出す。
 近づいてじっくりとそれを見てみると、確かにピアスと同じ無色透明な石が嵌め込まれていた。
「本当だ。なーんだ、心配して損した」
 シカダイは唇を尖らせ、ガシガシと頭を掻いた。
「ははっ、ほんと、要らぬ心配したな。でも、本当にありがとうな、シカダイ」
「……うん」
 照れ臭くて、シカダイは下唇を突き出した。
 心配して損をしたが、母がこんなにうれしそうに笑ってくれるなら、まあ良いか。
「俺もう寝る。おやすみ」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
 要らぬ疑いをかけてしまった父に、こっそりと耳元で謝罪の言葉を述べたら額を小突かれた。くつくつと未だ喉の奥で笑うシカマルにむっとしながら、シカダイは逃げるように自室へと駆けて行くのであった。



「まさか、今頃見つかるなんて思いもしなかったよ」
 シカダイの姿が見えなくなると、テマリは笑みを含ませながらそう呟き、シカマルの肩に頭を乗せた。
 珍しい。
 口元に弧を描きながら、シカマルは珍しく甘えてくる妻の頭をぽんぽん、と軽く叩いてやる。
「家帰ってみたら、アンタ泣きながら謝り倒すから、あんときは何事かと思ったよ」
「もう、あの時のことは忘れろって言っただろう」
 バチンと背を引っ叩かれ、苦笑を漏らす。
 滅多に泣かないこの意地っ張りで強情な女が、珍しくわんわん泣くものだから、あの時はとてもじゃないが生きた心地がしなかったのを今でもシカマルはよく覚えている。

『ごめん、ごめんシカマル』
『私、せっかくお前に貰ったのに』
『本当にごめんっ……どうしよう、』
『お前から貰ったピアス、片っぽ失くしちゃった』

 まるで初めて貰ったプレゼントを失くしてしまった幼子のように泣きじゃくる妻が愛しくてたまらず、夜な夜な抱きしめて慰めたのだ。懐かしい。
 懐かしさに浸りながら、彼女の手の中にチカチカと月明かりに照らされ輝くピアスに視線を落とす。
「んで? これどうするんだよ」
「どうするって?」
 きょとりと翡翠の瞳を丸め、下から見つめられる。失くし物が見つかって余程うれしかったのか、はたまた湯上りのせいなのか、ほんのりと頬が上気していて艶っぽい。
「そのピアス。それも失くさないように指輪に埋め込んじまうか?」
 うーん、とテマリは暫く唸った。
 指先でピアスを弄り、転がして遊ぶ彼女に、また落として失くすぞと心の中で思いながら彼女の答えを待つ。暫く、そうしていると彼女は手の中で遊んでいたそれをぎゅっと握りしめた。
「これは、このまま取っておくことにする」
「いいのかよ? また失くしちまうかもしんねえぞ」
「いいんだ。元々はピアスだったんだから、片っぽだけでもこの形のまま残しておきたい。今度は失くさないように大切にしまっておくよ」
 それに、とテマリは続けた。
「私にとって、これはお前のものになった証なんだ。失くした時、やっとお前の隣にいれる証を貰ったのに、その証すらも失ってしまったようで凄く悲しかった」
 その時のことを思い出しているのか、テマリの長い睫毛がかすかに震えている。
 シカマルは彼女の肩に回していた手で頭を撫でてやるとすり、と猫のように頬を擦り寄せてきた。

「でも、それをシカダイが見つけてくれた」

 凛とした声が静寂に満ちた縁側に心地よく響いた。
「私たちの愛の証が、見つけてくれた。なんだかそれって、ロマンチックじゃないか?」
「……アンタ、随分恥ずかしいこと言うのな」
「う、うるさいっ、わかってるからわざわざ言うな、馬鹿!」
「ははっ、可愛い可愛い」
「からかうな!」
 ベチンベチンと背を叩かれ、ギブギブとシカマルは両手を挙げた。
 こんな可愛い妻が見れるとは、シカダイのやつに今度礼しないとな。胸の中でひっそりと心に決める。
 テマリの滑らかな白い頬にシカマルは食指を伸ばした。
 頬を赤らめる彼女はやはり可愛い。からかってるわけは毛頭なく、本当に、心の底からそう思う。

「そういや、今日なんの日か知ってるか?」
「……さて、なんの日だったかな?」
「しらばっくれんな」
 じっと彼女の瞳を見つめると、潤んだ女の視線で返される。
 その熱い視線に頭が痺れそうだ。
「これからもよろしくな、テマリ。……愛してる」
「……私も」
 吸い込まれるように、シカマルは彼女の唇に自分のそれを重ねた。彼女の腕が自身の首に回ったのを確認し、抱きしめながら更に深く口付ける。
 火照った体をやわらかな夜の春風が撫でていく。

「結婚記念日に、ピアスが見つかるなんて、確かにロマンチックかもな」
 唇が離れ、そう小さく呟くと、ふたりは額を合わせながらくすりと笑った。


150411
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