小説 | ナノ
裸えぷろんの春
 真琴は帰宅して早々、その光景に既視感を覚えた。そしてその光景を否定した。そんなことあるはずない。ただ自分は疲れているだけだ。または、自分の都合の良い妄想に違いない、と。
「ひゃっ、んっ……ふぅ……」
 その光景を目の当たりにしてしまった瞬間、真琴は動けなくなってしまった。まるでメデューサの目を見てしまった哀れな人間のように。
 背筋にひやりと冷たい氷を突っ込まれたような感覚なのに、身体は高熱を出した時のように熱い。呼吸がだんだんと荒くなってくる。心臓がうるさい。あまりにもバクバクと忙しなく加速する自身の鼓動を、まだ真琴が帰宅したことにすら知りもしない彼女に気付かれてしまうのではないかと慌てた。しかし、彼女は真琴がキッチンの入り口でこっそりと彼女を盗み見ていることすら気付かず、その行為に夢中になっていた。
「ぁっ、ん……まこ、あっ、んぅっ……」
 静かなキッチンの壁に背を預け、彼女――江は自慰に耽っていた。
 江とは結婚して一年経つが真琴は未だかつて、彼女のあんな光景を見たことがない。
 双方の母親から見合い話を持ちかけられ、結婚して半年経った頃、ふたりはようやく心身共に繋がることが出来た。それからというもの、頑に彼女を抱こうとしなかった真琴は箍が外れたのか毎日のように真琴は江を抱いていたのだが……まさか彼女が自分が仕事に行っている間、こんなことをしていたなんてこれっぽっちも思っていなかった。
 初めて彼女を抱いた時、彼女は処女で、そういうことにはてんで疎かったというのに、随分とえっちになったものだなあと真琴は関心すらした。
 結婚祝いに彼女の友人たちから送られたフリルがふんだんにあしらわれたエプロンの上からくりくりと乳房の先端を弄くり回している彼女は恍惚とした表情で真琴の名を呼ぶ。
 彼女はエプロンの下には何も身につけていない。素っ裸だ。
 あのエプロンが送られてきた際、彼女は「裸えぷろんしたほうがいいですか?」と真琴に尋ねてきたが、真琴は即座に断った。あの頃はまだ彼女の気持ちに気付いていなかったし、真琴は彼女のことを本当に意味で愛していなかったから。その後、真琴は彼女に遅いとは思いつつも恋をして、気持ちを伝えて、真の夫婦になることが出来たから良いのだが、あの時裸エプロンの申し出を断ってしまったから、真琴は裸えぷろんという男のロマンであるすばらしいシチュエーションを諦めていた。
 だが、彼女は仕事で疲れて帰ってくる真琴を癒してやろうとこうやって裸エプロンで待ち構えてくれていた。待ち構えていたのに、真琴の帰りが待ちきれず、ああやって自身を慰め始めてしまうなんて。ああもう、なんて健気で可愛くてえっちな奥さんなのだろう。
 彼女の純粋且つ真っすぐな想いに感動して身体が心が震える。それと同時に下半身にも熱が集中した。
 彼女の自慰行為に目が離せないまま真琴はごくりと生唾を飲み込む。はやく可愛くてたまらない妻の身体を思いのまま抱きたいが、この状況を崩すのは些か勿体無い。もう少し、彼女の甘美な行為を見ていたい。そんな欲求に駆られて、真琴は出て行くのをもう少し待つ事にした。
「あんっ、ふぅ、は、だめ、せんぱい、舐めちゃ……ぁっ!」
 白い布をぷっくりと膨らんだ先端が押し上げている。布が薄いせいか彼女の愛らしい桃色の蕾が透けて見える。毎晩真琴がしつこく舐め回す姿を想像しながらそこをすりすりと擦る指先がいじらしい。
 エプロンの上から透ける乳首を舐め回して唾液でべちょべちょにしてやりたい。想像するだけで自身の先から先走りが溢れた。
 エプロンで隠された下ももう濡れているのか、もじもじと両足を擦り合せている。指を入れたら熱くてとろとろなんだろうなぁ。濡れそぼった秘部に自身を納めたら、もっとちょうだいって強請るように締め付けて、先輩、先輩って真琴のことを呼んで、涙を零して「キスして」って振り返るんだろうなぁ。
「ひゃぅっ、あっ、あっ、きもち、せんぱ、はやく」
 ――はやく帰ってきて。
 彼女のか細い声が真琴の胸に突き刺さった。
 我慢の限界だった。
「もう、しょうがないなぁ」
 苦笑を漏らし、入り口の柱に預けていた身を離す。
 あんなに切なそうに呼ばれたら、行くしかないじゃないか。この状況をもう少し楽しんでいたかったけれど、仕方ない。
 早く、愛する旦那を待ちわびている妻のもとへ帰ってやらないと。
 にやつく口元を引き締め、真琴は薄く開いたキッチンの扉に手をかけた。


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