小説 | ナノ
Good night. Sweet dreams.
インキュバス真琴×江

 悶々としていた脳が、微睡みに溶けていく。
 ぼんやり、とろとろ、真っ白であたたかな世界に思考を飛ばす。江はそのなんとも言い難い感覚が好きだった。
 全身をごろごろと巡っていた悪い何かが、睡眠という癒しの世界にまるで降り積もった雪が春の訪れと共にゆっくりと溶け出して水になり、やがては水蒸気となって消えてしまうみたいに。その感覚がたまらなく好きで、ストレスや悩みが溜まると江はこうやって夢の世界へと逃げ込むようにしていた。
 いつから夢の世界に逃げるようになったかはわからない。気付いた時には夢の中へ落ちていて、やさしい幻想に包まれながら嫌なものから自分を守ってきたのだ。
 今日もまた、江は眠りの世界へ落ちていく。

 眠りに落ちていた意識が浮上する。
 鼻孔に甘いチョコレートみたいな香りがくすぐる。甘い匂いに誘われるように、ゆっくりと瞼を持ち上げると、そこは毎日生活している自分の部屋だった。
 今日の夢は、自分の部屋なのか。ぼんやりとした思考で状況を噛み締めながら上半身起こすと、不意に背後から何者かに抱きすくめられた。
「だ、だれ?」
 江はビクリと身を震わせ、恐る恐る背後に声をかける。腹部に回る腕はガッシリとしていて、日に焼けている。男のものだ、と江は瞬時に察した。不安に睫毛を震わせながら背後の人物に顔を向けると、ふぅ、と甘い吐息が江の耳をくすぐった。
「こんばんは」
 その声が鼓膜を揺さぶった瞬間、江は赤い瞳を大きく見開いた。今だけは聞きたくなかった、甘くて落ち着きのある、やさしい声。毎日聞いてるその声。
「――まこと、せんぱい」
 江が一年半も片思いしてきた、自身がマネージャーを務める水泳部部長、橘真琴の、声。
「うん、なあに? 江ちゃん」
 涙がこぼれそうになるのを下唇を噛むことで耐え、江はその腕を振りほどこうと身を捩った。しかし、真琴の抱きしめる力は強まるばかりだ。
 動揺するな。焦るな、江。ここは夢の中なんだから。何をしたって大丈夫。
 自身に言い聞かせ、江はふ、と細く長い息を吐き出した。気持ちをなんとか落ち着かせ、江は再度首を捩って真琴へ向き合う。彼は甘ったるく眦を垂らして「ん? どうしたの?」なんて小首を傾げている。
 江は再び押し黙ることとなった。何を言ったら良いのかわからなかった。ここは夢の中なのだから、何を言ったって現実には関係ないだろう。だが、夢の中だろうと思いを寄せている相手と自分の部屋、しかもベッドの上でふたりきりで彼に抱きしめられているなんて、一体全体、どうしたら良いというのだ。
「……あの、真琴先輩、どうして私のこと抱きしめてるんですか?」
 意を決してそう尋ねると、真琴はくつりと喉奥で笑って江の項に顔を埋めた。真琴の髪が首筋に触れて、くすぐったい。
「うーん……どうしてだと思う?」
 甘ったるい声に甘ったるい香り。素肌に擦り寄る熱い肌、吐息。それら全てが江の五感を刺激して、くらりと目眩をおこしてしまいそうになる。どくりどくりと高鳴る心臓がうるさくて、江はぎゅ、と目を閉じてやり過ごした。
「わ、かんな、い……です……」
 途切れ途切れになんとかそう言えば、真琴はまたくつりと笑みことを項にかかる吐息で理解する。
 絶対に心臓の音、バレちゃってる。でも、ここは夢だし……いやでも、夢でも真琴先輩に聞かれちゃうのは恥ずかしい……。
 ひとり脳内でパニックになっていると、不意にべろりとやわらかくてぬるぬるしたものが江の項を掠めた。真琴の舌だ。
「ひゃあっ」
 驚いて、変な声が出てしまい、江は慌てて自分の口を手で塞いだ。しかしもう後の祭りである。
「ん、可愛いね。ふちゅっ、」
「やっ、だめ、せんぱい! 舐めないでっ……」
 江の反応に味をしめたのか、真琴はまた江の項に顔を埋めて口づけたり吸い付いたり、舐めたりし始めた。
 江は慌てて身を捩って真琴から再度逃げ出そうと試みるが、彼の抱きしめる力が強くなるばかりで、それは形だけの抵抗になってしまう。彼の腕力には到底敵わないということぐらいわかっていたのに、そうせざるおえない程、江は恥ずかしくてたまらなかった。
(いくら夢でも、私、なんてはしたない夢見てるの!?)

「ねえ、江ちゃん。さっきの質問の答え、聞きたい?」
「ふ、んっ、な、に……? き、聞きたい、です……」
 ちゅっちゅっとリップ音を数度響かせてから、真琴はようやく顔をあげ、そのまま無言でくるりと身を反転させて江をベッドに押し倒した。
 はらりと江の赤い髪が宙に舞い、シーツの上へと落ちる。
 やっと、ちゃんと真琴の顔が見れたことに、江は喜びと驚きで目を見開き胸を震わせた。
 天井と共に映る真琴の顔は、江の知らない雄の顔をしていた。目の奥に熱い欲望を感じ、お腹のずっと奥の方が疼いてしまい、江はもぞもぞと両足を擦り付けてしまう。
「ま、まこ、せんぱい……?」
「江ちゃん、俺ね……」
 一瞬間が空く。一回の息継ぎ程度の短い時間のはずなのに、江にはとても長く感じられる。耳元でBGMのように流れている自分の心臓がうるさい。
「――江ちゃんのことが好きなんだ」
 宵闇の中細められる緑の瞳に反して、江の赤い瞳が大きく見開かれる。胸が、痛い。
 思わず江は昼間に見た光景をぐるりと脳内で再生した。
 
 昼休み。それは、江が音楽の先生から頼まれていた仕事をこなし、自信の教室へ戻っている最中のことだった。
 人気のない廊下を早足で歩きながら、江は教室で待っているであろう友人の千種のことを考えていた。
(花ちゃん、きっとお弁当食べないで待っててくれてるよなあ。早く戻らないと……)
 江のトレードマークとも言えるポニーテールを揺らしながら、彼女はぱたぱたと廊下を駆け出した。
 その時、不意に窓の外、ちょうど中庭の辺りが視界に入った。そこには毎日、江が飽きもせず見つめ続けている大きな逞しい背中があり、急いでいるというのに彼女はつい足を止めた。
「真琴先輩?」
 大きな背中を少し丸めて、真琴はへこへこと頭を下げていた。
 目を凝らしてよく見ると、彼の前方には女生徒がいる。リボンの色が緑なので、三年生であることはすぐに察しがついた。
 女生徒は頬を薔薇色に染め、瞳を潤ませながらなにやら真琴に語りかけている。背を向けているため、真琴の表情はわからないが、十中八九告白であろうことはすぐに理解できた。
 つきり。胸の奥が痛む。
 江はハッと息を飲んで、その場にうずくまった。駄目だ。これは。私は見てはいけないものだ。
 瞬時に脳が察した。しかし、江の心は脳とは少し違い、見てはいけないという気持ちよりももっと邪悪な、黒くてもやもやしたものに満ちていた。
(誰かに告白されてる真琴先輩なんて、見たくない……)
 涙が溢れそうになる目頭を膝に擦り付けて、江は掌で耳を塞いだ。耳を塞がなくても、彼らの声は聞こえないというのに。それでも江は、現実を見聞きしたくなかった。
(お願いだから、その人を好きって言わないで)
 その願いは静かな廊下に充満し、江の胸をただ締め付けた。

「俺、屋上で君を見たときから、ずっと好きだったんだよ?」
 真琴の声で、江は思考の海に投げ出していた意識を戻す。
 動揺していた。真琴が何を言っているのか、江はすぐに理解出来ず、
「で、でも、真琴先輩、最近私にそっけなかったし……」
「それは……江ちゃんのこと意識しすぎて、恥ずかしかったんだ」
「本当に?」
 赤い瞳に涙が浮かぶ。ゆらゆらと揺れるそれは月明かりに照らされて大層美しかった。
「うん、本当」
 真琴は愛おしそうに目を細めながら江の額にかかった前髪を払い、そこへひとつ、口づけを落とした。
「だから江ちゃん、抱いて良い?」
 なんて都合の良い夢なんだろう。そう思っていたのに、江の心は最早感動の波に持っていかれていた。
 静かにこくりと頷いた江の姿を見た真琴は、江の唇にひとつキスを置いた。
 上唇をやわやわと食まれたかと思えば、閉じていた唇をこじ開けられ入り込んでくる舌。歯の裏を撫でられ、江はおずおずと舌先を差し出すと彼は美味そうにそれにしゃぶりついた。
 ふたりの唾液をかき混ぜ、半分こにしてお互い飲み込む。
 そっとやさしく、真琴の掌が江の胸を弄る。服の上からやんわりと揉まれ、甘い吐息が唇からこぼれた。
 先ほどから鼻孔くすぐる甘い香りが脳を犯し、厭なことを溶かしていく。
「んっ、ふ、う」
「江ちゃん、脱がすね」
 真琴の気遣わしげなやさしい声が振ってきて、江は目を瞑り頷いた。
 家族以外に見せたことのない、産まれたままの姿を人に見せるのは初めてだった。ドキドキと跳ねる心臓の上を真琴の手が慎重にパジャマのボタンを外していく。最後のひとつを外され、上着を取り払われると、すぐさま真琴は江の背に手を回してブラジャーのホックを外した。それすらもベッドの隅に追いやられてしまうと、さすがに恥ずかしくて江は自身の腕で胸を隠した。
「こーら。だめだよ。ちゃんと見せて」
「だ、だって、」
「いい子だから、ね?」
 小首を傾げながら真琴の手に最後の防壁であった自身の腕を外されてしまうと、江はもう諦めるしかなかった。
 ふにふにと遊ばれるように真琴の大きな掌で胸を揉まれると変な気分になってくる。反対の胸に唇を寄せられると、江は羞恥に耐え切れず目を閉じた。
 舌先で乳輪をくすぐられると鼻にかけた甘い声が意図せず漏れる。中学を卒業するくらいから覚えたひとりえっちなんかよりも断然気持ち良い。
 ゆらゆらとゆりかごに揺すぶられているようなやさしい快感に江は身を任せて全身の力を抜いた。
 しかし、その安らかな快感は長くは続かなかった。見かねた真琴がカリッとたちあがった乳首を甘噛みしたことにより、江は身を強張らせ、悲鳴に近い嬌声をあげる。
「ふ、あっ……!?」
「ここ、固くなっちゃってる」
「あ、え、ふぅっ、んっ」
 唇で扱かれ、吸われ、こりこりと音がするぐらい舐められて、江はわけもわからずビクビクと身を震わせた。
 しつこいぐらい舐められて、頭の中がとろけてしまいそうになった時。いつの間にかに移動していた真琴の指先がパジャマのズボンのゴムに引っかかっていた。
「だめ、そこは……」
「大丈夫。気持ちよくしてあげるから。ね?」
 江は真琴のこのねだるような目に弱かった。顔を真っ赤にさせて、視線を逸らすと、それを了承と受け取ったのか真琴はすぐさま江のズボンを抜き取った。
 数時間前に風呂に入った際、下着を交換したというのにそこはしっとりと濡れていて外気にあてられてひんやり冷たく感じた。その冷たさに背筋を震わせていると、胸元にあった真琴の顔がそこへと移動する。
 すん、と鼻先を濡れたそこへ宛てがわれ匂いを嗅がれて江は焦ったように真琴の頭を掴んで引き離そうとするが、べろりと下着の上からそこを舐められてしまって力が抜けてしまう。
「ふぁっ、や、だめ、せんぱい、そこ、」
「ふふ、江ちゃんのここ、えっちな匂いがする……乳首で感じちゃった?」
「や、やぁっ、言わないでっ」
 こちらは全然楽しくないというのに、真琴はくつくつと笑っている。むっと唇を尖らせて少し開きかけていた足を閉じようとすると真琴の手に止められてしまう。江の内股を掴んだ真琴はぐい、と強引にそこを広げる。
 体育の授業のマット運動以外、こんな体勢になったことなどなくてたまらなく恥ずかしい。そういうことをするためにはこういう体勢にならなければならないということぐらい、江だって知っている。保健体育の授業や、友達から借りた少女漫画にそういうシーンがちらほらあったことを思い出しながら江は腕で顔を隠した。
「江ちゃん、隠しちゃだーめ」
「ぁっ……だって、はずかし……」
「うん。ちょっとだけ我慢して。俺に江ちゃんの全部、見せて」
 ううっ、と恥ずかしさに唸りながらも、結局腕をどかしてしまうのはやはり真琴のことが好きだからだ。一年半も片思いをしてきた人に、好きだと言われ、全部見せてとおねだりされれば絆されたって仕方のないことだと思う。
 ぺろんといとも簡単に最後の砦であった下着を剥がされてしまっては江も腹を括るしかなかった。
 初めてで恐いという気持ちもある。けれど、これは夢の中だから、真琴先輩とだから、大丈夫。大丈夫。自分に言い聞かせていると、真琴の節くれ立った長い指がそこに触れた。
「あっ、んっ」
「びしょびしょ……」
「あうっ、せんぱ、」
 小さな唇から溢れる愛液を掬い上げた指先は入り口の周りにそれを塗りたくるように広げていく。たまに敏感な粒に指先が触れて、ビクリと腰を跳ねた。先ほどよりも甘ったるい女の声が唇から勝手に漏れてしまって江は増々羞恥と共に興奮を煽られる。
 恥ずかしくてそっぽを向いていた江は、下半身への刺激が止んだことに疑問感じ、真琴へと目を向けた。

 しかし江は見なければ良かったと後悔する。真琴はお腹を空かせた獣みたいに舌なめずりをしながら江を見下ろしていた。部活中に見る爽やかな緑の瞳が、今はとても熱くて、その熱でじりじりと胸が焼かれているみたいだ。
 真琴の視線に捕われたまま動けずにいると、不意に今までに感じたことのない強い刺激が江の背筋を駆け抜けた。
「ふぁあっ」
 ナカの感触を確かめるようにぐちゅりと卑猥な音を立てて真琴の指が密壺をかき回す。
 爪先から頭の天辺まで電流が流れたみたいにビクビクとその刺激に震えていると真琴は楽しそうに眦を下げた。
 自分でも弄ったことのないそこを真琴の手によって触れられている。その事実に江はとても興奮していた。腹の奥からぬるぬるした液が分泌されて、溢れて、真琴の指をどんどん濡らしている。
 腹部や臍の周りに彼の熱い唇が掠めて胸がきゅうっと鳴る。好きと気持ち良いが溢れて、頭がおかしくなってしまいそうだった。
「あっ、あっ、まっ、まこ、せんぱ、まって、だめだめまって!」
 腹の内側を意図的にくすぐられると江はもうだめだった。頬には涙が快楽からあふれでた涙がつたい、唇の端からは飲み込めきれなかった唾液をこぼし、ただひたすら駄目、待って、と喘ぐことしか出来ない。
「ここ、好きなんだね」
 じゃあ、もっと気持ち良くなっちゃおっか。
 熱い吐息と共に真琴がそう言った瞬間、江の瞼の裏にぱちぱちと閃光が駆け抜けた。
「ひゃ、あっ、らめ、らめぇっ、ああっ、やああっ!」
 腰も足もガクガクと震え、背を逸らして江は初めて絶頂を迎えた。気持ち良い。こんなの、知らない、初めて。
 一気に重くなった身体をベッドに深く沈めて、酸素が足りなくて口をぱくぱくさせていると、ちゃりちゃりと金属音が遠くに聞こえた。そろりと真琴へ視線を向けていると、真琴は江の愛液で濡れた指先を恍惚とした表情で舐めとりながら
、ベルトのバックルを外していた。ズボンと一緒に一気に下着まで下ろすと、江の目に飛び込んできたそれに思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
 それは幼い頃に見た兄や父のものとは比べ物にならないぐらい大きく、生々しいものだった。腹にへばりついてしまいそうな程立ち上がったそれは、とても江のナカに入るとは思えない。けれど、それが欲しくてたまらない。
 生々しくてみていられないと思うのに、それから目が離せない。どこか痛々しくも見えて、やさしく触れて慰めるように愛してあげてしまいたいという気持ちが心に生まれ、江は少しだけ動揺した。

「江ちゃん、どうしよっか。このまま入れちゃう?」
 くにくにと汁が滴っている先端を江の一番気持ち良いところに擦り付けられると、腰がうずうずしてたまらず江は無意識に腰を動かした。いいの、はやく、はやくこれが欲しいの。
 はしたない欲求は口には出せず、江はただ快楽に受け止めていると、真琴はうれしそうに口元を歪ませ、ゆらゆらと腰を揺らして陰核から入り口を擦った。
「こーら。あんまり腰振るとはいっちゃうよ?」
 真琴はわざとらしく入り口をちゅぷちゅぷと押し付けられ、江は増々それが欲しくてたまらなくなる。江の愛液と、真琴の愛液が交ざり合って生まれた水音に耳を塞ぎたくなった。しかし、耳を塞ごうとすると、江の行動を先読みしていたらしい真琴の手によってその手は絡めとられ、シーツに押し付けられてしまった。
「あっ、ふ、ぅ、ちがっ、ふってない、もんっ、んぁあっ」
 ちゅ、ちゅとそこにキスするみたいに触れていた真琴のそれを、とうとう我慢出来ず腰を押し付けてナカへと誘導すると、ぎりぎりのところで繋がっていた江の理性がぷつりと音を立てて切れた。
「ああ、もう。だから言ったのに。俺が入れたわけじゃないし、『合意』ってことで良いよね、江ちゃん?」
 もう何を言われたって構わない。ただ真琴を受け入れて、たくさん擦り合って、ふたりで気持ち良くなりたい。唾液と涙でぐちゃぐちゃになった顔で江は真琴を頷くと、彼は「了解」とでも言うみたいに前屈みになって江に口づけた。
「あっ、あうっ、せんぱ、きもちぃ、きもちぃの、ああっ! あっ、せんぱ、まこ、せんぱ、すき、すきぃっ」 
 知らぬうちに口から飛び出た愛の言葉。その言葉が真琴の鼓膜を揺さぶった瞬間、激しい律動が開始された。先ほど指で擦られていた江の気持ち良いところをカリで擦られてしまい、江は腰を跳ねさせてそのまま何度も上り詰めた。
 たくさん真琴先輩ので擦られて入り口が痛い。でも、奥は熱くて気持ち良い。こんなの、駄目なのに。好き。気持ち良い。もっと欲しい。
「はっ、はぁっ、あっ、江ちゃん、も、出すよ、」
「ああんっ、は、はやくっ、も、らめ、またイっちゃ、ああっ!」
「んっ、あっ……っ!」
 ふたりが快楽の天辺を極めた時、江の頭の中は真っ白になって弾けた。
「ご馳走さま。良い夢だったよ」
 真琴の声が耳元で聞こえた。私も、気持ち良かったです、と返事がしたかったのに、猛烈な眠気と気怠さに江の舌はぴくりとも動かない。
 そうこうしている間に、幸せの波が襲ってくる。
「ごめんね、俺、インキュバスなんだ。またそのうち、君を食べに来るから、待っててね」
 インキュバス? なんだっけそれ。確か、夢魔とかなんかそんなやつだった気がする。もうなんでも、いい。
 疑問符を残しながら江はずるずると波に引きずられ、ちゃぽんとその海へ沈む。
 もう幸せだから、夢でも、インキュバスでも、なんでも良い。江はそのまま幸せの海に身を投げ出した。



「〜〜〜〜っ!!」
 昨夜はなんて夢を見てしまったのだろう。部活中だというのに、江は昨夜の痴態を思い出しては顔を真っ赤にさせて悶絶していた。
(ああ、もう、いくら夢だからってあれはない! 私の馬鹿、えっち!)
 真琴先輩と顔、合わせ辛いなあ、と悶々としながら部員たちのタオルとドリンクを用意する。頭で別のことを考えていても、身体はしっかりと仕事を全うしてくれている。それぐらいマネージャー業にも慣れた。
 部活が始まって、既に真琴とは顔を合わせている。当たり前だが、真琴は昨夜のことは何も知らず、いつも通りだ。そのことにちょっとだけ気落ちしてしまう。いや、いいのだ。あんな自分を知られて、幻滅されたらもっと嫌な思いをするのだから。
 はあ、と溜息をひとつ吐き、江は大きな声で「みなさーん! 休憩ですよー!」と叫んだ。それを聞きつけた渚は嬉々として江の元へ駆けてくる。それに続いて怜も江からドリンクとタオルを受け取ると、渚と戯れ合い始めながら日陰へと移動していった。
 渚と怜からプールへと視線を向けると、遙はまだプールから上がって来ず、気ままに水を感じているようだ。もう、しょうがないなあと呆れながら江はプールサイドへと足を向ける。
「江ちゃん」
「っ!」
 突然背後から、声を掛けられ、江はあからさまにビクリと固まってしまった。そうだ、真琴にもタオルとドリンクを渡さなければ。
 ドキドキと脈打つ心臓を聞かぬフリをして、努めていつも通りに江は真琴へと振り返った。
「真琴先輩! お疲れ様です。どうぞ」
「うん、ありがとう。……江ちゃん大丈夫?なんだか顔、赤いみたいだけど」
 しょんぼりと眉尻を垂らして真琴は聞く。ああ、まずい、心配かけてしまった。
「いえ! 日に焼けただけですよ」
「本当? 無理しないでね。あ、もしかして……」
 ――昨日のこと、思い出してた?
 一瞬の隙をついて耳元に唇を寄せられる。ふわりと、甘い香りが江の鼻孔をくすぐる。意図して甘く、低められた声に、江の心臓はドキリと一際大きく跳ねた。聞いたことのない真琴の声。否、江はその声を知っていた。昨晩、聞いた、あの甘い声。
 せっかく脳の隅っこに押しやっていたというのに、また昨晩の真琴の姿を思い出してしまい、ただでさえ赤い顔が更にカアッと赤くなる。熱い。くらくらする。
「な、んで……」
 そろりと真琴の目を見ると、昨夜のように目の奥をギラギラさせながら彼は微笑み、しーっと子供に言い聞かせるみたいに人差し指を唇の前で立てていた。
(あれは、夢で、夢だけど、でも、)
 ――現実だったんだ。
 ということは、あの言葉も、全部。
 ばくばくと全身が心臓になってしまったみたいにうるさい。真琴の目から、目が離せない。
「全部、ほんと。俺、夢魔だって言っただろう?」
 くすり。真琴の唇が弧を描く。
「そんなに可愛い反応してくれるなら、今すぐにでも食べに行っちゃおうかな?」
 ああ、もう限界。
 彼の甘い香り、声に、江はくらりと目眩をおこし、そのまま膝から崩れ落ちた。



140815
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