一目惚れ。
薔薇一本にはそういう意味が含まれているらしい。
つい先ほど、家族で夕飯を囲んでいた際、父親の会社の同僚がその薔薇を使って一目惚れした相手に告白したという話を聞いた。その話を聞いて、母親は「あら素敵!」と声高に言った。
俺も、その話を聞いて、背中がむずむずするような、全身に鳥肌が立つような、そんな感覚に陥り、なんだか恥ずかしくてさっさと自分の部屋へと戻ってしまった。
薔薇一本。女の子は花が好きだというイメージは確かにある。実際、俺の母親も花が好きで、ガーデニングが趣味だ。小さな庭には、色とりどりの花が季節ごとに咲いては散り、また新しい花を咲かせる。歳の離れた妹の蘭も、母親と共に庭に出ては「この花はなあに?」と喜んで聞いている姿を何度も見かけているので、そういうものなのだろう。
彼女も、花が好きなのだろうか。
自室の俺の体に見合った大きなベッドに寝そべり、赤い髪を揺らして笑う一つ下の後輩の笑顔を思い浮かべる。
彼女が花の話をしていることは見たことがない。彼女が嬉々と語るのはいつも筋肉の話ばかりで、彼女が花を見てうっとりする姿は想像出来なかった。
綺麗な彼女に、花はとても似合うと思うのだけど。
友人の妹でもあり、水泳部のマネージャーである彼女、松岡江に恋をしたのは、二年に進学して、渚たちと昼休みを利用して屋上で水泳部を作ろうという話をしていた時だ。
髪を同じ赤い瞳をただ真っすぐに俺たちに送っていた。渚とハルは彼女に気付いてはいなかったけど、俺はそういうのに敏感だからすぐに気付いた。そして、その瞳に捕われた。
あの瞳と目が合った瞬間、全身が痺れるような電流が背筋に流れ、一瞬江ちゃん以外のものが見えなくなった。ああ、これが一目惚れってやつかとどこか冷静に思ったことを今でもよく覚えている。
実際、彼女とは幼い頃会ったことがあるため、これが一目惚れなのだろうかと首を傾げてしまうか、まあ一目惚れで良いのだろうと思う。
一瞬、あれ?とは確かに思ったが、けれどもすぐに誰だったか思い出せなかったし、それ以前に彼女へのなんとも言えないこのはやる気持ちのほうで俺は頭がいっぱいだった。
それから、彼女が友人の妹であると知り、水泳部に入部した。俺は部長で、彼女はマネージャーだから、共にいることが多く、必然的に話すことだって多くて、どんどん彼女への気持ちは膨らむばかりだ。
もうすぐ、夏も終わる。
気が早いかもしれないが、あと数ヶ月もすれば俺は三年に進学してしまう。江ちゃんだって二年生になる。もしかしたら、来年は新しい部員が増えるかもしれないし、岩鳶高校にもよく合同練習する鮫柄学園にも彼女を狙ってる輩なんてたくさんいる。彼女は綺麗だし、人懐っこいから。
よく休み時間などに彼女が誰かに告白されたなんて噂は耳に入ってきて、それを聞く度に嫉妬の炎と、冷やっとする気持ちで体温調節が上手く出来ない。
いい加減、彼女に気持ちを伝えないと。でも、どうやって?
そう考えることが多くなった。
誰かに取られる前に、手に入れたい。好きだと伝えたい。彼女との関係は良好だし、もしかしたら、と勘違いしそうになるような態度を取られる時だってある。
ふぅ、と息を吐き出し、火照った顔を掌で覆った。
「薔薇、か」
俺のキャラじゃないし、とても気障で恥ずかしいけれど、一か八か、やってみるのも有りかもしれない。そうだ、江ちゃんの兄であり、俺の友人でもある凛だって、ロマンチストなんだから、彼女だって少しは。
俺は決意を固めて、眠りについた。
◆
翌日、彼女は一輪の薔薇を手に、部活へやってきた。
その薔薇を見た渚は、すぐに興味をそそられたようで「江ちゃんそれどうしたの?」とどんぐりのように丸い目をくりくりさせて彼女の手の中にある瑞々しい赤い薔薇を見つめる。
その薔薇は、俺が先ほど、彼女の下駄箱に一言想いを綴ったメモと共に入れたものだ。
俺は気恥ずかしくて、彼女から視線を反らす。頬から耳にかけて、熱い。
「なになに、誰かから告白でもされたの?」
渚が確信を突いた質問を江ちゃんに投げる。
気まずいし、気恥ずかしいけど、彼女の答えが気になって仕方ない。ちらりと視線を彼女に投げると、彼女はにっこりと満面の笑みを浮かべ「そうだよ」と答えた。
しかし、彼女の言葉は続く。
「名前、書き忘れてたみたいなんだけど、間違いなく、私の好きな人がくれたの」
ふふふ、とうれしげに笑う彼女に全身が熱くなる。これは、そういうことで良いのだろうか。というか、名前を書き忘れただなんて、格好がつかないじゃないか。
「へえ」
ニヤニヤと卑しい視線を渚が送る。怜も、ハルも、迷いなく何故か俺に視線を向けた。
「気障だな」
「ふふ、でも、うれしいです」
口元に一輪の薔薇を近づけ、意味ありげな視線をこちらに送る彼女には、惚れた弱みなのか、勝てる気がしないな、と俺は思いながらみんなの視線から逃げるようにプールへと飛び込んだ。
131211
倉酢さんにお誘いをいただき【薔薇企画】に参加させていただきました。
薔薇一本にはそういう意味が含まれているらしい。
つい先ほど、家族で夕飯を囲んでいた際、父親の会社の同僚がその薔薇を使って一目惚れした相手に告白したという話を聞いた。その話を聞いて、母親は「あら素敵!」と声高に言った。
俺も、その話を聞いて、背中がむずむずするような、全身に鳥肌が立つような、そんな感覚に陥り、なんだか恥ずかしくてさっさと自分の部屋へと戻ってしまった。
薔薇一本。女の子は花が好きだというイメージは確かにある。実際、俺の母親も花が好きで、ガーデニングが趣味だ。小さな庭には、色とりどりの花が季節ごとに咲いては散り、また新しい花を咲かせる。歳の離れた妹の蘭も、母親と共に庭に出ては「この花はなあに?」と喜んで聞いている姿を何度も見かけているので、そういうものなのだろう。
彼女も、花が好きなのだろうか。
自室の俺の体に見合った大きなベッドに寝そべり、赤い髪を揺らして笑う一つ下の後輩の笑顔を思い浮かべる。
彼女が花の話をしていることは見たことがない。彼女が嬉々と語るのはいつも筋肉の話ばかりで、彼女が花を見てうっとりする姿は想像出来なかった。
綺麗な彼女に、花はとても似合うと思うのだけど。
友人の妹でもあり、水泳部のマネージャーである彼女、松岡江に恋をしたのは、二年に進学して、渚たちと昼休みを利用して屋上で水泳部を作ろうという話をしていた時だ。
髪を同じ赤い瞳をただ真っすぐに俺たちに送っていた。渚とハルは彼女に気付いてはいなかったけど、俺はそういうのに敏感だからすぐに気付いた。そして、その瞳に捕われた。
あの瞳と目が合った瞬間、全身が痺れるような電流が背筋に流れ、一瞬江ちゃん以外のものが見えなくなった。ああ、これが一目惚れってやつかとどこか冷静に思ったことを今でもよく覚えている。
実際、彼女とは幼い頃会ったことがあるため、これが一目惚れなのだろうかと首を傾げてしまうか、まあ一目惚れで良いのだろうと思う。
一瞬、あれ?とは確かに思ったが、けれどもすぐに誰だったか思い出せなかったし、それ以前に彼女へのなんとも言えないこのはやる気持ちのほうで俺は頭がいっぱいだった。
それから、彼女が友人の妹であると知り、水泳部に入部した。俺は部長で、彼女はマネージャーだから、共にいることが多く、必然的に話すことだって多くて、どんどん彼女への気持ちは膨らむばかりだ。
もうすぐ、夏も終わる。
気が早いかもしれないが、あと数ヶ月もすれば俺は三年に進学してしまう。江ちゃんだって二年生になる。もしかしたら、来年は新しい部員が増えるかもしれないし、岩鳶高校にもよく合同練習する鮫柄学園にも彼女を狙ってる輩なんてたくさんいる。彼女は綺麗だし、人懐っこいから。
よく休み時間などに彼女が誰かに告白されたなんて噂は耳に入ってきて、それを聞く度に嫉妬の炎と、冷やっとする気持ちで体温調節が上手く出来ない。
いい加減、彼女に気持ちを伝えないと。でも、どうやって?
そう考えることが多くなった。
誰かに取られる前に、手に入れたい。好きだと伝えたい。彼女との関係は良好だし、もしかしたら、と勘違いしそうになるような態度を取られる時だってある。
ふぅ、と息を吐き出し、火照った顔を掌で覆った。
「薔薇、か」
俺のキャラじゃないし、とても気障で恥ずかしいけれど、一か八か、やってみるのも有りかもしれない。そうだ、江ちゃんの兄であり、俺の友人でもある凛だって、ロマンチストなんだから、彼女だって少しは。
俺は決意を固めて、眠りについた。
◆
翌日、彼女は一輪の薔薇を手に、部活へやってきた。
その薔薇を見た渚は、すぐに興味をそそられたようで「江ちゃんそれどうしたの?」とどんぐりのように丸い目をくりくりさせて彼女の手の中にある瑞々しい赤い薔薇を見つめる。
その薔薇は、俺が先ほど、彼女の下駄箱に一言想いを綴ったメモと共に入れたものだ。
俺は気恥ずかしくて、彼女から視線を反らす。頬から耳にかけて、熱い。
「なになに、誰かから告白でもされたの?」
渚が確信を突いた質問を江ちゃんに投げる。
気まずいし、気恥ずかしいけど、彼女の答えが気になって仕方ない。ちらりと視線を彼女に投げると、彼女はにっこりと満面の笑みを浮かべ「そうだよ」と答えた。
しかし、彼女の言葉は続く。
「名前、書き忘れてたみたいなんだけど、間違いなく、私の好きな人がくれたの」
ふふふ、とうれしげに笑う彼女に全身が熱くなる。これは、そういうことで良いのだろうか。というか、名前を書き忘れただなんて、格好がつかないじゃないか。
「へえ」
ニヤニヤと卑しい視線を渚が送る。怜も、ハルも、迷いなく何故か俺に視線を向けた。
「気障だな」
「ふふ、でも、うれしいです」
口元に一輪の薔薇を近づけ、意味ありげな視線をこちらに送る彼女には、惚れた弱みなのか、勝てる気がしないな、と俺は思いながらみんなの視線から逃げるようにプールへと飛び込んだ。
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倉酢さんにお誘いをいただき【薔薇企画】に参加させていただきました。