小説 | ナノ
Chocolate sex
 ぴちゃくちゃと粘着質な音が無音の室内に卑猥な色を添える。
 むせ返るようなチョコレートの匂いと性行為独特の匂いが混ざり、胸焼けしそうだ。真琴先輩の家に来て、そういう空気になったのをなんとか押しのけ、誕生日プレゼントを渡したわだけど、また一瞬のうちにこのような空気になってしまった。想いが通じた直後ということもあり、私だってもちろん先輩と繋がりたいと思っていた。
 けれど、せめて電気を消して欲しい。薄目で先輩の顔を伺ってみるが、残念ながら言葉を紡ぐ隙もないぐらい唇を重ね続けており、それは叶わぬ願いだと諦めて舌を絡めた。
「江ちゃん、江ちゃん」
「んぅっ……あ、んっ」
 息継ぎの合間、焦がれるように何度も名前を呼ばれる。先輩の声は熱っぽいのに枯れ気味でなんだか不思議に思えた。不思議だけど、大好きな声。
 私も先輩の名前を呼びたいというのに、先輩とは違って息継ぎが下手な私はそんな余裕がなく、金魚みたいに口をぱくぱくさせるので精一杯だ。
 ソファがギシリと軋んだ音をたてる。先ほどまで口づけながら腰を動かしていた先輩が上半身を起こしたからだ。
 額に滲んだ汗をシャツの袖口で拭う姿をぼんやりと見上げていると、先輩の澄んだ緑の瞳とバチリと視線がかち合う。ニコリと意地悪な笑みをもらした先輩は私の胸元を弄っていた手をテーブルへとのばした。
 先輩が手にとった物は先ほど私が誕生日にとプレゼントしたチョコレートの箱だ。色とりどりのチョコレートはまるで宝石のようで、つやつやとした表面が蛍光灯の明かりを受けてキラキラと光っているように見える。無骨な手でそのうちのひとつを取り、また口に含まれるのだろうかとチョコレートの行き先を見守っていたら、不意にそれは先輩に弄ばれて痛いぐらいに赤く腫れ、立ち上がってしまった胸の頂きに擦り付けられた。
「ひゃあっ!」
「江ちゃんごと、食べて良いんだよね?」
「あ、やぁっ、せんぱい、つめた、いっ」
「うん、ごめんね。でも気持ち良いでしょ?」
 謝罪の言葉を告げながらも先輩の口元は笑みを携えていて、全然謝る気ないじゃないか、と胸の内で思う。
 しかし、そんな考えも、溶け出したチョコレートをスリスリと乳首に擦り付けられる快感と唐突にゆるゆると動き出した先輩のそれにより吹き飛んでしまう。
「ふああっ、そんな、いきなりっ」
 気持ち良くて、けれどもずくずくとした鈍い快感に下腹部が疼き、生理的な涙が溢れる。
 快感に身悶える私を見下ろしながら喉元でクツクツ笑う彼は本当に悪い顔をしていると思う。甘いマスクの癖に、スイッチが入ると性が悪い。
 そんなところにすらときめいてしまう私の心臓はある意味病気なのかもしれない。学生の頃は知りもしなかった面にドキドキさせられてばかりだ。
「あーあ、チョコレートでべたべたになっちゃったね……とっても美味しそうだよ……」
「もうやだぁっ、そういうこと、言わないでくださいっ」
 涙混じりに抗議の声を上げても、先輩は耳を貸そうとすらしない。ただ子供が面白いオモチャを見つけたように瞳を爛々と輝かせて微笑むばかりだ。
 他の男なら怒って逃げ出していたであろう。だが、そうしないのは相手が真琴先輩だからだ。
 九年間恋焦がれて、やっと手に入れた人。好きな人になら何されても許せるだなんて、友人が言っていたけれど、今ならよくわかる。
 いくら変態なプレイをされようが、恥ずかしい言葉に泣かされようが、彼の全身から伝わる「好き」だけで無意識に体は許してしまう。
「江ちゃんが食べて良いって言ったんじゃないか」
 尖らせた舌先で胸の先端をドロドロに溶けてしまったチョコレートごとチロリと舐められ、身を竦める。
「そ、ですけど……」
 上目で私の顔色を伺ってくる先輩が見ていられないと思うのに、捕われてしまった視線は簡単には振りほどけない。間違いなく先輩は私に言わせようとしている。
「もう、つらいから、ちゃんとしてくださいっ」
 いつも性急な彼だけれど、こういうことを言わせて私からの愛を確認しようとしているのだと思う。
 私も大概だけれど、先輩も臆病者だ。大胆でエッチなことするくせに。
 いつの間にか胸元を汚していたチョコレートを綺麗に舐め切った先輩はにっこりと微笑み、私の腰をしっかりと抱え直した。期待で体が震えてしまう。
「よくできました」
 その言葉を合図に、私の思考は遥か彼方、遠くの方へと投げ出された。
 記憶に残っているのは最後まで鼻孔をくすぐっていたチョコレートの香りと彼が耳元で囁いた、掠れた「愛してる」の音だけだった。
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