02
別邸に戻った千凪は髪を結い直し、着物を着替える。
すでに髪の色も元へと戻っている。

「凪様、やはりそちらの方がお似合いですのに」

「めんどくさいだろ?あんな格好では槍を振り回しにくい」

「普通のお姫様は槍なんて振り回しませんわよ?」

「俺は普通じゃないからいいんだ!」

千凪は言い返しつつかんざしを刺した。
会津のじゃじゃ馬姫と呼ばれた千凪も今では会津の鬼姫と呼ばれるようになっていた。

「俺は…鬼姫さま、なんだからな」

小花はふふっと笑って、打掛をかける。

「ならば鬼らしい気品を出して下さいね」

小花は幼い頃から共に過ごしてきたため、千凪の気性を知り尽くしている。
こうやって乗せるのも朝飯前なのだ。

「小花様、籠の用意が整いましてございます」

下人がひざまずき伝えた。
小花はうなづくと千凪を促す。

「さ、凪様。参りますわよ」

千凪は打掛を捌き、立ち上がる。
その姿には鬼の気品を感じられる。
その姿に小花は見惚れた。

(やはり…お美しいお方だわ。これで羅刹鬼でなければ…)

そしてこんなことも思っていた。

(なぜ母堂さまはご婚約を取り消されてしまったのかしら…不知火は確かに格下ではあるけれど、匡さまは素敵な殿方であったのに)

不知火匡は雨宮家の娘に嫁ぐはずだった…らしい。
全ては母であり当主であった千津子が決めたことなので千凪も小花も何も知らないのだ。
そう、これこそ神のみぞ知る。
小花はそうつぶやくと凪に続いて籠へと乗り込んだ。

                         *

若松城、通称:鶴ヶ城。
その歴史は戦国の世まで遡る。初代藩主、保科正之公が入城してから会津藩主の住まう城である。
赤瓦がふかれた美しい城。
そこに二つの籠が入っていく。
乗っているのは、会津藩に仕える鬼の一族・雨宮の現当主、雨宮千凪。そしてその侍女、小花。
二人が入城すると控えの間に通される。
声がかかるまではそこで待機するのが慣わしである。
どれくらいたったか、おそらく数刻だとは思うのだが、千凪には長く感じた。
もともと少し短気な部分がある。しょうがない。
ようやく声をかけられた千凪は不快感を露わにし、襖をくぐった。上座に座るのは藩主・松平容保公。眉目秀麗ともっぱらの評判である。
そして、千凪に甘い…。
実際、今もかなり顔を崩している。千凪に会えたことが相当嬉しかったのだろう。

「よくきたな、千凪」

下座についた千凪は最高礼をした。
…もちろん、顔は不満気だ。

「顔をあげよ」

威厳のある家老の声に不満顔のまま、顔をあげた。
黒紫色の髪がさらりと揺らぐ。

「なんの、ご用事で?」

その声は女とは思えぬほど良くとおり、澄んでいた。
容保公は目を細めて千凪を見ると、ニヤリと笑い口を開いた。

「そなたに頼みたいことがある」


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