弍・会津の鬼姫
ちょうどその頃の話。
会津では一人の少女が槍を振り回していた。

「はああああっ!!!」

穂先が目の前に立つ的に音を立てて突き刺さる。
的確に急所を刺していた。

「…まだまだか」

槍を頭上で回し、地面にザンっ、と突き刺した。

黒紫色の髪を束ね、紅い瞳をしたその少女の名前は雨宮千凪。
会津藩に古くから仕えている鬼の一族、雨宮家の現当主にして鬼の長でもある。
雨宮家は鬼の一族の中でも最古のものであり、格式高い家柄である。しかしその権威はすでに没落を辿り、名ばかりの長に成り果てていた。今現在、力を持つのは西の風間と東の雪村であった。
雨宮家には他の一族とは違うしきたりがいくつかある。
そのうちの一つは、家を継ぐのは必ず長子でなければならないということ。そう、それが女子であろうが。
千凪も長子であるがゆえに当主となった訳だが、前当主であった母・千津子にしてみてはかなり不服だったようだ。実際、弟の千遥や妹の千璃(ちあき)の方を可愛がっている気質がある。
さらにいえば、千凪は純粋なる鬼ではなかった。
"羅刹鬼"、それが彼女であった。血を求める鬼…忌み子として忌み嫌われてきたまがいもの。

「…どうして、俺なんだろうな」

千凪は夕焼けの空を見上げ、呟いた。
ふと、風が揺らぐ。
その瞬間、千凪の髪は白銀に輝き、瞳には輝きが宿った。左目は紅く、右目は金にと変化をとげる。さらに額の中央には長く鋭利な角が現れた。
羅刹鬼は他な鬼よりも美しいとされる。それは他の鬼に比べて薄明だからであろうか。散りゆくものほど美しいものなのだろう。
千凪は白銀の髪を風になびかせながら、鶴ヶ城を見つめた。
彼女が立つのは飯盛山。ここからならちょうど城を眺めることができたのだ。そして、そのそばには雨宮家本家がある。
幼い頃からこの飯盛山にある別邸で育った、千凪には憎しみしか感じられない場所ではあったが…。

「ここにいらっしゃったのですか?凪様」

後ろに現れた女性が千凪に声をかけた。

「…小花」

「上様がお呼びになられているご様子ですよ」

小花はにこやかな笑みで告げた。上様、とは将軍のことではなく、会津藩主・松平容保公のことである。

「容保様が、俺を?」

「凪様、その言葉遣いはおやめ下さいね。特に…登城なさる際には」

小花はガサツな物言いをいさめると、続けた。

「おそらく、上様にはなにか御用があるのでしょう」

「用もないのに呼ばれるのでは困るがな」

千凪は皮肉を言い返すと踵を返し、別邸へ戻る。


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