壱・宵闇桜
それは春爛漫の江戸での出来事。

「あ〜あ…土方さんもお酒買いに行かせるなら新八さんとかに行かせればいいのにさ」

沖田総司はぶつくさ文句を垂れながら江戸の街を歩いていた。
当然の如く宵闇に包まれた街は静けさしかなく、沖田の持つ提灯の光のみが頼りなさげに道を照らしていた。
そんな時だった。

「…ゆ、き?」

手のひらをかざせばはらりはらりと白いものが手に落ちる。
それは桜の花びらであった。

「桜だ…でも、なんで…」

今、彼が歩いている場所は桜が全くない所である。
一体どこから降ってきたのか…沖田は辺りを見渡し、一つの場所を見つけた。
それは丘の上に立つ、大きな桜の木。その桜が、青白く、光をはなっていたのだ。
沖田は買い物そっちのけでそこを目指す。
興味本位であった。
数刻かかり、丘にたどり着くと、見事に桜が咲き誇っていた。しかも花びらは光り輝いている。
桜に目を奪われていた沖田は、はっと我に返りかぶりをふる。

「まさか…桜が光るわけないさ…酔ってるんだな…」

沖田は全く飲んではいなかったのだが、酔いの幻だと思うことでこの不可解な現象を片付けようとした。
と、桜を見直した時、根元に人影がゆらりと見えた。

「だ、誰かいるのか?」

沖田は恐る恐る声をかける。

「…こないで…」

か細い声が聞こえた。

「こっちに…来ないで…やだ…来ないで…」

その人影はふるふると震えて声をはなった。
沖田は一歩前へ出る。

「いやっ!!!」

沖田が近づいたことに反応した人影はなにか長いものを持ってこちらへ振り上げた。
沖田は本能的に手にしていた木刀を抜き、そのなにかを抑えた。

がつっ…

鈍い音がした。
沖田はそっとその物体を見上げる。

「?!!…刀!」

そう、それは一振りの刀。真剣である。
その持ち主は誰なのか、沖田は気になり顔をのぞく。

「え…嘘でしょ?」

そこにいたのは、ふわふわとした髪を持った美しい少女であった。闇の中だからだろうか…瞳は金色に輝いていた。髪も心なしか銀色に輝いて見えた。
少女はしばらく剣を打ち付けると、ばっと後ろへ下がり、再び刀を構えた。

「ねぇ、ちょっと!いきなり斬りかかるってどういうことさ!!」

「来ないで…来ないで…来ないで…」

少女は混乱しているのか、言葉が届いていなかった。
沖田は刀を振りかざしてくる少女の刃を避けながら、必死に説得していた。
もちろん、沖田総司とはいえ、真剣には真剣でなければ勝算は薄いと感じたのだ。特に、この少女の太刀筋には。
沖田が数十回目の太刀を避けた瞬間…。
グラッ、と少女の体が揺れ、その場に倒れてしまった。

「え?!…っと…え"〜!!!」




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