争う二人の間を抜け、本城の下へ駆け寄る。近藤、土方、山南、沖田、知らない顔もある。

「では近藤さん、よろしくお願いします」
「総司はせっかちだなぁ。のんびりやればいいじゃないか。時間はたっぷりあるだろう?」
「そうは言ってもも井上さん。早く済ませておいた方がリン君もやりやすいでしょう? 僕らも何かと動きやすいですし」
「それはそうだけど……」

腕組みをし考え込む男は六番組頭の井上源三郎。どうやら一度に言われて混乱するのではとリンを案じてくれていたようだ。年長組らしく、隊士達からしたら兄か、若い者なら父のような存在だろう。自分の父と比べると、その差は歴然。これほど落ち着いた父親なら良かったのにと思ってしまう。毎日怒鳴り散らしていた父の大人気なさが滲み出てくるようだ。

「まあ、その辺の判断は勇君やトシ君に任せるよ」
「源さんの意見はもっともだと思うが……こちらとしても判断を先送りにするわけにはいかんからな。すまんが聞いてくれるか」
「は、はい」

近藤が息を吐いた途端に道場が静まり返った。今の今まで騒いでいた連中も、手を止めて大将の決断を待っている。

ぴんと張り詰めた緊張の糸。悪いようにはしないと言われたが、こう皆に黙られてしまうと誰だって不安になる。リンとて例外ではない。生唾を飲み鼓動を速めた。

「そう硬くなるな、取って食おうとしてるわけじゃなし」

近藤の口元が弧を描いたのを確認すると、皆同様、表情に緩みが出る。極限まで張り詰めた硬い空気も分散された気がした。

「君には刀の才があるようだ。是非ここで隊士として生活してもらいたい」
「へ……?」

予想だにしなかった一言。あまりにも唐突で目を瞬き間抜けな声を上げてしまった。

女中の仕事を手伝うという名目の下で置いてもらえれば本当に有り難いと思っていただけに、これは意外すぎる解答だ。先程まで信用ならないといった様子でリンを睨んでいた隊士達も、不服そうではあるが入隊については文句の付けようがないようだ。あれだけの試合を見せられればこうなるのも頷けるというもの。

「何を呆けている」
「あ、えと……ありがとう、ございます」
「いやいや、困った時はお互い様だ。しかし君がここまで強いとはなぁ……女中の仕事を手伝ってもらえばいいかと思っていたんだが」

彼の実力が見たい、そう沖田にせがまれたらしい。いきなり沖田と打ち合わされたのはちゃんとした経緯あってのこと。竹刀を持たされた時に面倒だと思った自分を張り倒したい。

「堂リン」
「……あ、はい」
「今日からお前は新選組の隊士として扱う」
「はい」

土方が差し出した書を受け取る。恐らくそこに記されているのは、この浪人集団を律するため作成された鉄の規則……局中法度だろう。新選組の一隊士として生きることの重みを実感する。たった一枚の紙に、鉛玉ほどの重さを感じたのはリンだけではないはずだ。

脳に電流が走るかのような感覚があった。やっと今を鮮明なものにすることができたのではないだろうか。現実を受け入れられたのは、今やっとのこと。体だけが先走り、脳は追いついていなかったのだ。ようやく、本当は存在しないはずの自分がこの時代を生きる危うさを脳が理解したのだった。

「僕はあんた達の恩義に報いる……そのためにはどんな苦境も厭わない。未熟者ですが、よろしくお願いします……!」

頭を下げ、前を向いた瞬間からリンの試練は始まっていた。この時代にとって異物としかなり得ない彼女の、長く脆い、けれど決して曲がることのない『確か』な道。それは大きな揺らぎと歪みを残し、今、啓かれたばかり……。

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