「あ、着替えられたんですねー」
「ったくいつまでかかってんだよ」

不機嫌状態の土方とは対照的に、笑顔を絶やさないその青年は、土方の後ろから顔を出してリンの顔を覗き込む。その顔は何か遊戯を見つけてはしゃぐ子供のように輝いている。

「おはようございます! 僕のことを覚えていますか?」
「えと……あの時土方さんといた……」
「はい、正解ですよ」

そう言われてみればこの顔には見覚えがある……気がする。土方の印象が強すぎて他のことはうろ覚えであるが、本人がそう言っているのだからその場にいたのは間違いないだろう。しかし、正直印象に薄い。

「その顔はあまり覚えてないって顔ですね。ほら、土方さんが怖すぎるから僕の存在が飛んじゃってるじゃないですか」
「単に見えてなかっただけだろ。総司は俺と違ってこいつの死角にいたからな。それがなくたってあれだけ暗けりゃ見えねぇよ」
「いいえ、土方さんに恐怖したからに決まっています」

新選組にいて名は総司、思い当たる人物は一人しかない。新選組一番組頭、沖田総司。悪戯好きで陽気な性格だったと聞くが、彼の刀の腕は計り知れない。気配を読むことも得意だったというから、勘も鋭いのだろう。要注意人物だ。

「堂リンです、よろしくお願いします」
「こちらこそ。沖田総司です。リン君、でいいでしょうか?」

その思いがけない問いに目を瞬き、沖田に視線を送ったまま頷く。それを確認した沖田は満足そうに微笑むのだった。

「もういいだろ、総司。お前は勝手場に行って朝飯の支度でもしてろ」
「それは女中の仕事でしょう? 僕には関係ないですよ」
「あいつらがやってまともな朝飯になるはずがねぇだろ。見張ってこい」
「横暴だなぁ、うちの鬼は」

不服そうにぼやいた後、これまた不服そうに床を蹴って歩いていく。その姿はまるで駄々をこねる五歳児だ。沖田を見送る土方は心底不愉快そうに口をへの字に曲げていた。いや、それはいつものことか。

「余計な邪魔が入っちまったが……これから局長室へ行く。俺の後をついてこい」

足音なく歩く辺りさすがは新選組の鬼副長、といったところか。副長ともなれば足音や気配を消すことなど容易なのだろうなと、先程から自分の足が床を蹴る度に鳴る音を耳にしながら考えていた。

しかし、だ。局長室とは驚いた。局長……近藤勇に直接会って話を聞くことになろうとは。屯所にいられる間に見ておきたいと思っていただけに、これは願ってもない機会だ。

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