うっすらと目を開ければ、目の前にはあの低い天井。夢ではなかった、ここは新選組の屯所なんだと実感する。障子の隙間から零れる微量の朝日と、朝の訪れを喜ぶ小鳥の囀り。それがとても心地好く、再び目を閉じる。が、その瞬間。乱暴に開け放たれた障子の音と、それによって押し寄せてきた光とで一気に目が冴えた。

「起きろ」
「ひじ、かたさん」
「何を呆けてんだ。今すぐ着替えろ、局長室に連れていく。お前の処遇について伝える」

入ってきた時とは一転、静かに襖が閉じられる。

しばらく掛け布団を眺めていたが、もう一度襖が開いたところで我に返った。出ていったはずの土方が、何故かそこに仁王立ちしている。

「え、と……?」
「どうせ着替えの一つも持ってねぇんだろ。これに着替えとけ」

無造作に投げ入れられたものを手に取り眺める。視線を土方へと戻すと、急かすように眉間の皺を濃くした。

しかし。男の前で着替えることは、たとえリンでも遠慮願いたい行為だ。それを感じ取ったのか、解せないといった様子で問いかける。

「お前変わってるな。男同士なんだから俺がここにいても着替えぐらいできるだろうが」
「ま、まあ……そうですけど」

早くも大きな壁にぶち当たった気分であった。怪訝そうに目を細める土方と着物とを交互に見やり、溜め息をつく。

「見られたくないものって誰にでもあると思いますけど。……まあ、あんたになら教えてもいいか」

恩人を欺くことは憚られたが、それ以上に彼を混乱させたくはない。そう思うと、作り話も楽にできた。

「僕には守らなければならないものがあります。それはこの世にあってはならないものであり……」
「おい、待て……お前一体何の話をしてるんだ。俺はただ着替えろと…………ああ分かった、出ていくから早くしろ」

呆れ返った顔で出ていった土方には、恐らくそれが作り話であると分かっていたのだろう。何か見られてはまずいものがあると分かったからこそ気を利かせてくれたのだろうが……。

(刀傷でもあるかと思われたかな)

袖に腕を通し、慣れない手付きで着込んでいく。着慣れないもので、着付けなど全く分からない。

と、ここで外が騒がしくなる。

「今着替えてやがんだから後にしろ」
「いいじゃないですか、男の子でしょう? 問題ないと思いますけど」
「誰にでも見られたくないもんはあるだろうが」

土方と誰かが言い争っているようだ。障子に映る影は、女性のように長い髪。それが右に左によく動く。

着衣してからあることに気付いた。いくらまな板を連想させるような貧しい胸をしているからといって、布一枚では隠せない。サラシか何かが欲しいところだ。しかし、外の二人に頼むことはできない。どうしたものかと頭を悩ませていると、声が一つ増えたことに気付く。

「お二人共、このようなところで何をなされているのですか?」
「堂の着替えを待ってんだよ。……にしても遅くねぇか」
「そうですか。……それを聞いておきながら申し訳ないのですが、姉のところへ行ってやってはもらえませんか? お二人を呼んでこいと煩いもので」

程好く耳に入るその声は、間違いなく霞夜のものだ。部屋の前に土方を見つけて慌てて来てくれたのだろう、少し息が荒いようにも思えた。

面倒臭そうな溜息が出た後、二つの足音が遠ざかっていく。完全に聞こえなくなった頃、襖が開いた。

「おはよう、リンちゃん。昨夜はよく眠れた?」
「うん。疲れてたからもうぐっすりと」
「それは良かった! それでね、リンちゃんにこんなものを持ってきたんだけど……」

そう言って広げたのは今リンが最も欲していたもの。そのサラシを巻き再び着物に手を伸ばすが、霞夜の色白の手がそれを制す。

「私が着付けてあげるわ。さっきの見てたらあまり綺麗な着付け方とは思えなかったもの」

されるがまま、言われるがままに着ていくと、それは綺麗に仕上がった。着崩れもしそうにない。手慣れているとこうも違うのかと感心してしまう。

廊下に出て霞夜との話に花を咲かせていると、土方ともう一人、優しい顔付きの青年が姿を現した。

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