小説2 | ナノ


「テツヤ」


誰もいない体育館。僕はあまり得意じゃないシュート練習をしている手を休め声のする方向へ体を向けた。


「…赤司くん」


声の正体は帝光中学バスケ部キャプテン、赤司征十郎だ。
僕は彼の姿を確認するとにこりと苦手な笑顔を貼りつけた。きっと引き吊っているに違いない。なぜなら僕は自分のこの顔が大嫌いだからだ。鏡か何かで見せつけられたのならば酷く気分が悪くなるだろう。
嘘つきの笑顔。
ただ、恐怖心からこの笑顔を浮かべなければいけないのならばまだいいと思う。それならは浮かべなくてもいい時が必ず来るから。自分に打ち勝てばいいのだから。弱い自分を消してしまえばいいのだから。
けれど、僕のこの笑顔はそんなことしたって僕の顔に貼り付いたままだ。僕にはこの笑顔を貼り続けなければいけない理由がある。


「今日もシュート練習かい?頑張るね、君も」
「…ありがとうございます。赤司くんはどうした…、」


僕はそこまで口から言葉を発するとピタリと止めた。赤司くんも僕が何を考えて言葉を止めたのか分かっているらしくにこりと笑った。
赤司くんが僕しかいない体育館に来る理由はひとつだ。
何かを求めているときに来る。
何を求めているかはわからない。何が彼を必要とされているのかはわからない。彼が何を考え求めているかはわからない。ただ、必死に足りない何かを埋めようとしていることだけはわかった。
僕はそれだけのために存在しているのだ。


「あのね、今日はね、テツヤ。僕を名前で呼んで欲しい。僕がテツヤのことをテツヤと呼ぶように君に名前で呼んで欲しい。」


赤司くんはそういうとさっきの笑顔のままで僕に一歩、一歩近づいた。僕は近づいてくる彼から目を離さないようにじっと見つめる。いや、目線を離せないのだ。
僕の目の前までくると赤司くんはぎゅ、と僕の手を握りしめた。全てをい抜いてしまいそうな赤と黄色のオッドアイは逃げることを許さない。絶対的な彼の前では誰も逆らうことを許さない。
彼が浮かべている笑顔の裏の絶対的な権力が彼をそうさせたのだろう。
だんっ…と手に持っていたバスケットボールが使い古された床に落ちた。


「お願い」


今までも様々なお願いを求められた。キスをしてほしい、抱きしめてほしい。一番驚いたのは抱いてほしい、だ。でも断る権利を僕は持っていない。誰もいない体育館であの日僕は彼を抱いた。しかし彼は抱かれても決して声を出さなかった。苦しそうに小さく吐息を漏らすだけだった。そんな彼を見ていてもなにも感じなくてただただ萎えていくばかりで、僕の初めては最悪なものだった。
そして今も断る権利だなんて、存在しない。
僕は彼の瞳にい抜かれたまま、ゆっくり口を開いた。


「征、十郎、くん」
「くんはいらないよ」
「征、十郎…」
「もっと」
「征十郎」
「もっと、もっと」
「征十郎 征十郎 征十郎」


僕は名前を呼び続けた。
貴方の求めるものを埋めたくて。貴方の考えを知りたくて。貴方が何を必要としているのか知りたくて。貴方に少しでも近づきたくて。
僕が呼び続けていると赤司くんは満足したのかすりり、と僕に寄り添ってきた。
僕はそれに答えようとぎゅ、と抱きしめ返す。
いつも見ている彼の背中はとても大きかった。強豪を語る帝光中学バスケ部キャプテンに相応しい背中をしていた。
けれど、今、僕が抱きしめている背中はとても小さかった。僕でもすっぽりと収まるような背中だった。誰にでも手の届く小さな背中だった。
普通の中学生の背中だった。


「テツヤ、ありがとう」
「…いえ」


貴方の顔は僕の後ろにあるからどんな顔をしているかはわからない。けれど、何となくわかる気がした。だって、きっと僕も同じ顔をしているから。

いつか貴方から求められたお願い

いつも笑顔でいること。




End

小さな背中
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