小説 | ナノ


買い物帰り。
神童は誰もいない店の外で「寒ー…」などと呟きながら一人で立っていた。灰色が続く空を見上げるとそこからはまるで涙を零すかのようにぽたぽたと大粒の雨が落っこちてくる。冬の雨は嫌いだ。なんだか今まで紡ぎあげてきたもの全てを思い出と化し洗い流し、終わらせてしまいそうな気がするから。神童はそんな曇り空を眺めながらはあー、と深く息を吐き出すと冬の寒さに濃い白が空に吸い取られるように舞い上がり消えた。ほら、やっぱり、冬の雨はなんでも洗い流してしまう。さっき吐いた息だってなんだって。跡形もなく。神童はそんな事を思いながらもう一度深く息を吐いた。


「…どうしよ。」


寒さに凍える指先を服の袖で暖めながら神童は辺りを見回す。このままでは帰れない。もちろん濡れて帰るのは構わないのだがそんなことをしたら執事たちやじいやがどんな反応をするのか。そんなのは想像もしたくない。しかし近くにコンビニがないから傘を買おうとも買えない。神童は震える指先を見つめながら天気予報をちゃんと信じていれば良かった。などと柄にもない事を後悔していた。

冬の雨はいっこうに止む気配を見せない。神童の体ももう寒さ堪えられなくなってきた所為か下がった体温が体中を駆け巡り指先ではなく体のあちこちが寒さを訴えはじめていた。ぴゅうと寒風が吹くだけでガタガタと情けなく震える体。神童はぎゅ、と自身を抱くようにしながら店先で一人、座り込んでしまった。
だから冬の雨は嫌なんだ。ただ冷たいだけで優しさも明るさもそんなものは一つもない。いつも俺をひとりぼっちにしてくる。


「…キャプテン?」


突然一人うずくまっていた神童に雨ではないものが降ってきた。聞き覚えのある少し高い声。神童はその声のする方向に顔をあげ暫くして驚いたように目を見開いた。


「松、風…?」


そこにいたのは同じサッカー部の後輩、松風天馬だった。神童は松風の突然な登場に動揺を隠せずにいるとそれを察したのか松風はふふ、といつもの柔らかな笑い声をあげながら「どうしたんです?こんなところで。」と呆然と自分を見つめる先輩に手を差し出してきた。神童はその手を無言で無視し、松風の目の前に立ち上がる。


「お前こそどうしたんだ。」
「ちょっと買い物に。」
「…ふぅん。」


微妙な二人の空気にさらに追い撃ちをかけるように冷たい風が吹き抜けた。その風を全身で受けてしまった神童は当たり前の様に「寒…」と呟く。するとそれを聞き逃さなかったのか松風はまたくすりと笑い声をあげた。その笑い声は冬の寒さも冬の冷たい雨もまるで何もなかったかのように神童の耳を通り鼓膜を刺激する。そして、やっと気付くのだ。あれ、


「あのキャプテン。」


いつの日にか忘れていたあの感情が冬の寒さとあいつの笑い声に乗って蘇る。冷たい温度に取り付かれていた俺の体温がゆっくりと溶けはじめるのが自分でも手に取るように判った。ああ、なんて自分は単純で馬鹿なんだろう。神童は自分で自分を自虐してそしてはは、と心の中で一人苦笑をする。


「傘、ないのなら一緒に入りますか?」


あいつの笑い声が俺をゆっくりと溶かしてゆく。あいつの声が俺の隙間を埋めていく。あいつがいるだけで。あいつが、そばにいるだけで俺は一人じゃないと実感できる。


「…家まで、頼む。」
「はいっ!」


今だに冷たい雨は二人を取り囲んでいる。しかし、灰色に混ざる黄色の傘は明るく鼻歌混じりに道を進んでいった。二つの影をのばしながら。




End

灰色空と黄色の僕ら。




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