小説 | ナノ


まだ日が明るい午後3時、俺らは少し離れた町まで買い物の帰り道を慣れない電車に乗りながら過ごしていた。
その間俺らはたわいのない話をしながら幾つかの駅を通り過ぎていったがやはりそんな会話も途切れる時がくるものだ。今は余り人のいない車両の中をただ無言の自分の世界をお互い楽しんでいた。
プシューと電車が止まる音がしてガタンと大きく電車が傾いた。そして扉がゆっくりと開くと先程までの疎らだった人達が全員降りて行き、最後尾車両には俺らだけがぽつんと残されていた。しかし電車はそんなことに一々気にも留めずにまた開いた時と同じスピードで扉を閉めリズムを刻み始めた。
電車のスピードがまた一定になりつつある頃、俺は何となく視線を左隣にいる松野に向けた。すると、松野も俺と同じ様に右隣にいる奴に視線を向けていた。


「!?」


そんな偶然に何となく照れを感じ、俺はフイと視線を自分の膝の上に置かれた手に移動させた。
タタン、タタン…という柔らかい音だけが耳を擽る。


「僕たちだけだね。」


電車が止まるときの揺れでさえ無言だった松野が突然口を開いた。それに驚き俺はまた視線を松野の方へやると松野はにっこりと笑っている。そしてそのまま子ども体温の暖かい右手で俺の左手を触れるように握った。


「まっ、松野っ…」
「大丈夫だよ。誰もいないから。」


松野はそう言い触れるような握り方からぎゅ、と強く俺の左手を握りしめた。そんな大胆な行動に誰もいないと分かっていてもまた自然に頭は下がっていき、視線は片方無くなった膝の上を見つめてしまう。


「半田…? そんなに恥ずかしがらないでよ。」
「べ、別に恥ずかしがってなんか…」


そうは言うけどやっぱりまだ松野の方に顔を向ける自信はなくて。俺はただリズム感よく聞こえる電車の音を聞いてるだけしか出来ない。
恥ずかしくて堪らないのに、握られた左手を振り解きたくなかった。まだ暖かい温度を実感していたいと思ってしまうんだ。二人しかいない最後尾の車両の中で、二人の時間を感じていたいと。
ただ感じているだけの俺はずっとそのまま電車の柔らかいリズム感に耳を傾けていた。心地好いそのリズムは優しく俺達を包んでゆく。そしてそのリズムに呑まれた証拠に俺達の車両はまた静けさを取り戻していった。俺はそれに気付かれないように弱々しく松野の右手を握りかえしてみる。


タタン、タタン…


俺達を乗せた列車は俺達の町へと帰って行くのだ。
柔らかいリズムを奏でながら。





End

やらかい音に耳を寄せて




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -