小説 | ナノ


(大学生不動と久遠監督)


カラン、とバイト先の裏口の扉に付いている鈴が鳴った。不動は疲れきった声で小さく「お疲れさんでした」とだけ言い、店を後にする。
今日も疲れた。
幾分か楽だろうと思い選んだバイト先は大学近くの小さな花屋。しかし、花屋なんて客なんて来ないだろうし、花に水をやっていればいいだけだというような甘い考えが間違っていたようだ。実際の花屋はそんな考えとは真逆で、来ないと思っていた客は意外と来るし、花の水やりだって重労働。それと花束を作る作業っていうのもあったのは驚きだ。不器用な不動にはこの作業が一番苦手で今も遅くまで残って練習をしている。今日も不格好な花束を持っているのはその所為だ。
まあ、何はともあれ花屋のバイトは想像以上にめちゃくちゃ忙しい。
けれど、そんなめちゃくちゃ忙しい花屋も勤め始めてもうすぐ1年になる。昔の自分なら想像していたのと違っていたら直ぐに辞めていただろうに、まさかこんなに続くとは思ってもいなかった。
まあ、それもこれも全部あの人のおかげなのだが。と不動は見慣れた道を歩きながら小さく笑みを溢した。


「ただいまー」


大学の最寄り駅から3つ目の駅を降り、そこから徒歩10分弱の所にある古びたマンションが不動の家だ。もっと詳しく言うのならばマンション3階朝日が眩しい左向きの部屋。そこに不動は住んでいる。いや、住まわせてもらっている。その証拠に玄関には不動の派手なスニーカーとボロボロの不動の足には合わない地味なスニーカーが転がっていた。


「…おかえりなさい。」


そして、もう一つ。
「ただいま」への挨拶が返ってくるということ。
不動はその声を確認すると手も洗わずに声の元へと急いだ。


「なーにやってんの?道也さん。」


声の主はかつての不動のサッカー監督、久遠道也だ。
勿論、不動が同居人基住まわせてもらっているという相手も部屋の借り主も久遠道也である。
監督時代の頃はお互いに恋愛感情なんてこれっぽっちもなかったのだが、不動が高校に上がり親とも親戚とも疎遠状態の彼を放っておけず久遠が保護して以来、こうして一緒に暮らしている。そして、その間にどういう風の吹き回しか恋愛感情も二人の中に居座るようになり、かれこれ結ばれたのはつい最近のことだ。


「仕事だ。」
「ふーん。」


そして、不動が大変でもバイトを続けている理由。


「じゃあ邪魔しないでやる」


それは久遠と暮らし始めて久遠がいつも『仕事』を頑張っているから。
何時からか、不動もそんな『仕事』をしてみたいと思うようになっていた。久遠が頑張っている仕事を自分も頑張ってみたいと。そうすれば、少しは年の離れた恋人に近づけるのではないかと思った。


「ぜひそうしてもらいたいものだ。」
「…………やっぱり、構う。」
「お前は我慢というものを知らないのか…」
「そういう道也さんも構いたいんだろ?なあ?」


それから、どんなに大変でも仕事を頑張れる理由。


「……明王。」
「怒んなよ、道也さ…」


久遠は忙しなくパソコンの上で動いていた手を止め、隣に座ってグダっている不動の顔を真正面に見つめた。
年の所為なのかどうかは分からないが深く刻み込まれた眉間皺。しかし、それとは対照的な優しい瞳が不動を写す。


「仕事お疲れ様。」


表情こそ無表情だが、確かにその言葉の中には暖かい何かが含まれていた。

仕事を頑張れる理由。
それは、久遠がいるから。
どんなに辛くても忙しくてもこの家に帰ればいつも変わらない久遠が待っていてくれる。それだけで、何でもできる気がするのだ。それだけで、今まで辛かったことが帳消しになるのだ。
久遠のおかえりなさいと優しさがあればそれだけで幸せな気持ちになる。


「…道也さん」
「なんだ、んっ」


その幸せが何とも言えなくて、堪らなくなってキスをする。すると、久遠は普段はポーカーフェイスのその顔を少し赤く染めていた。
だっせぇの、年上の癖に。
しかし、そんな格好悪ささえも今の自分には頑張れる要素の一つになる。
そんな自分も充分格好悪い。
だが、今はそれでいい。


「道也さん、道也さん。見てよ、花束。上手くなったと思わね?」
「思わない」
「はあー?なんでだよ。うまいだろーが」
「お前の所為で部屋が花だらけになる。」
「いーじゃん、いーじゃん。お似合いだぜえ?みーっちゃん」
「黙れ」


貴方がいるから頑張れる。
それがいい。
これからも、ずっと。




end

flower's lover




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