小説 | ナノ


桜の蕾もようやく膨らみ始めた頃。
マサキの通う雷門中学では卒業式が行われていた。
真っ黒い卒業証書の筒を手にした卒業生は皆、新しい門出に向けて輝かんばかりの笑顔で母校を後にしてゆく。マサキはそんな卒業生たちを見送りながら惜別の思いと少しの羨ましさを感じていた。
胸の赤いバラの造花がまだ咲いていない桜と共に光を浴びているようだった。


「ただいまー」


式も終わり家もといお日さま園に帰ってくると食堂からおかえりーという声がちらほら返ってくる。今日は土曜日のため学校や会社が休みの人が多いのだろう。いつもより聞こえた声の量が多い。
その中でも低く一際気だるそうな声にマサキは目を輝かせた。声の主はもう園には住んでいないためあの気だるそうな声が聞けるのはそう滅多にない。
マサキは制服も脱がずに皆が集まっている食堂に急いだ。


「晴矢兄ちゃん!」
「マサキ。久しぶり。」


マサキの予想通り食堂にいたのは南雲晴矢だった。
晴矢はマサキより10歳年上でマサキにとって兄のような存在だ。ぶっきらぼうな性格だが家族を思う気持ちは人一倍強く優しい人である。あまり人になつかないマサキでも晴矢にはすぐになつき、小さい頃からずっと慕っている。
今は20歳になったら園を出ていかないといけないため、独り立ちし園にはいないが時々こうして様子を見に来てくれていた。


「今日は早帰りなんだな。」
「うん。卒業式だった。」
「卒業式か。なっつかしいなあ。泣けたか?」
「泣いてないし。まあ、でも先輩達がいなくなるのはすこーしだけ困るかな。」
「相変わらず素直じゃないな、お前」


晴矢はそう言うとクスクス笑った。
昔からそうなのだ。
親に捨てられ、人間不信になったマサキは素の自分というのをあまり人に見せない。そのため素直になれずに嫌みが先に口を出てしまう所があった。
しかし、普通の人ならマサキのそんな態度に腹を立てるのだが、晴矢は違った。晴矢はマサキのそんな態度を笑うのだ。「しょうがねぇ奴だな」と笑って許してくれた。マサキは晴矢のそういう優しい所が好きだった。


「ねえ、晴矢兄ちゃん。」


けれど、そんな晴矢の優しさを知っているのはマサキだけではない。


「晴矢兄ちゃん!」
「はるにぃ!」
「晴矢くん!」


他の園の子どもたちもマサキ同様優しい晴矢を慕っているのだ。


「おーお前らー。元気だったかー?」


マサキに見せた同じ笑顔で他の子達にも笑いかける晴矢。そんな彼の姿を見ているとチクリと胸が痛む。
晴矢の笑顔は自分だけのものだと思っていた。「素直じゃないな」と笑いかけてもらえる自分は特別だと思っていた。
でもそれはただの思い違いに過ぎない。
晴矢にとっては自分も他の子と同じお日さま園の一員に過ぎないんだ。
そう思うと、段々腹がたってきて、チクリと痛んだ胸はグルグルと悲しい気持ちに飲まれていった。


「マサキ。外でサッカーやるけどやるか?」


晴矢にそう声をかけられるが、マサキは無表情で首を横に振った。


「やんない。」


口から出た言葉は自分でも驚くほど冷たかった。その冷たさに目の前の晴矢の表情は悲しげなものになっていた。けれど、今のマサキには晴矢の悲しげな表情さえも怒りの材料にしかならずに、「なんでだよ、やろうぜ?」と折角かけてくれた声でさえ雑音に聞こえてくる。
さっきまでは大好きだった声さえも鬱陶しく感じる自分が情けなくなり、マサキは部屋を飛び出した。


どれくらい自分の部屋に籠っているだろう。
いつの間にかに、両方の目からはポロポロと涙が溢れていた。涙を拭った自分の手のひらを見つめる度に自己嫌悪に陥る。
自分はなんでこんなにも子ども染みているんだろうか。
晴矢が自分ではない人に笑いかけたぐらいでこんなにも嫉妬なんかして。
こんなんじゃ晴矢に追いつくどころか、離れていっているよ。
馬鹿みたい。
憧れから離れるようなことばっかして。
馬鹿みたい。
馬鹿みたい、なのに。
どうしてこんなにも胸が痛むんだろう。


「…早く大人になりたいよ…」


ぽつりと呟いた言葉に返すようにコンコン、と扉が鳴った。


「ほんっとに素直じゃないよな、お前」


心地よい低さの気だるそうな声。
その声を聞いただけで胸の奥がきゅう、と切なくなった。


「…晴矢兄ちゃん…」


そして、気付くんだ。

どうして晴矢兄ちゃんが自分以外に笑いかけるのがムカつくのか。

どうして、あんなにも卒業生が羨ましく思うのか。


「マサキ、開けるぞ…マサキ…?」


自然と自分から扉を開けていた。


「…ごめんなさい…」


昨日までは同じ中学生だった先輩たちは今日はいつもと違う顔をしていた。
いつもより大人びた顔をしていた。
そんな先輩たちをみて、早く自分もああなりたいと思った。
早く自分も大人になりたいと。


「晴矢兄ちゃん、僕、早く大人になりたいよ。」


いつの間にかに憧れは恋心に変わっていたんだ。


「大人になんか、ならなくっていいさ。」


気だるい声が甘く耳元で囁く。


「素直じゃないのがマサキなんだから。」


そう言った晴矢兄ちゃんの笑顔はちょびっとだけ子どもっぽかった。


「…晴矢兄ちゃんもまだまだ子どもだね。でも、そういうところ、」


早く大人になりたいよ。
貴方に似合いの人になりたい。
だから、僕も笑うのさ。


「嫌いじゃないよ」
「…素直じゃねぇな。」


貴方と同じ散々嫌いな子どもっぽい笑顔でね。


『好きだよ。』




End

憧れは刹那、愛おしく




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