小説 | ナノ


お風呂上がり。
まだ仄かに湯気をたててる髪の毛からぽたぽたと滴を足らしながら合宿中の部屋に戻ると、同じ部屋の主、もとい恋人が「ぅ、わー…」とあり得ない光景を見たかのような声をあげた。

「あり得ない。」

見たかのような、じゃなくて、あり得ない光景を見たらしい。

「なにが?」

首に巻いた柔軟剤の効いたバスタオルで乱暴に髪の毛を吹きながら狩屋の隣に座ると、奴は一つ隣に避けた。このやろ。

「そんなびちょびちょのままで隣に来ないでください。つか、髪ぐらい乾かさないんですか、先輩は。だから、そんなに毛先がバッサバサなんですよ。全く。」

狩屋は一気に捲し立てるように言った。そして、突然立ち上がったと思うと、今、自分が来た方向へ、つまり洗面台に向かっていってしまった。
何をするんだろう。そう不思議に思いながら狩屋が消えた洗面台の方をジッと凝視する。そして、洗面台から出てきたと思った狩屋を見て、俺は自分の口角がヒクっと動いたのがわかった。

「…なんだよ、それは。」
「なんだよって。ドライヤーですけど。」

狩屋の手に握られていたのはでかい拳銃のようなものからコードが伸びたもの、ドライヤーだった。
それを見るや否や体が一歩後ろに後退りをする。ドライヤーなんてもう何年も見ていてない。なぜかって?そんなの簡単だ。
俺がドライヤーが大の苦手だからだ。

「いや、いい。遠慮しておく。」
「ダメですよ。そんなにびちょびちょだと風邪引きますよ、きーりーのせーんぱい」

最後の「霧野先輩」に悪意しか感じない。絶対、あいつ楽しんでる。と、いうかドライヤー嫌いなのどうしてバレた!!
ドライヤーを前に一人でアタフタしていると、狩屋はいつの間にかにコンセントをさして、ブォオオと聞きたくない音を響かせていた。
おまえは悪魔か。

「大丈夫ですって。俺、いつも園のちび達の髪乾かしてるし。ほら、来てください。」

そう言うと、さすが、毎日ちびちゃん達の髪を乾かしているだけある。狩屋は逃げる俺の足をがしっと掴むと強引に自分の方へと寄せてきた。俺は抵抗も空しくズルズルと狩屋の元へ引きずられ、敢えなく今までに散々避けてきつづけた天敵ドライヤーの餌食となったのであった。

「っ!うあっ」

久々のドライヤーブォオオと轟音が耳元で鳴り響いて非常に五月蝿い。
熱風が頭に当たり、折角風呂に入ったというのに汗がまたじんわりと吹き出してくる。
その苦痛に俺はぎゅっ、と目を瞑った。

「先輩、強ばりすぎ。」

暫く、その体でドライヤー地獄を耐えていたら、轟音の中からいきなり狩屋が話しかけてきた。

「だ、だって、仕方ないだろ!」
「仕方なくない。こんなの幼稚園生でも我慢できるよ。はい、力抜いてー」

狩屋はそう言ったと思ったら突然、ブォオオという轟音を耳に近付けてきた。その余りの衝撃に体がびくびくと震えた。と、同時に体の力が抜けたのか、頭にある違和感を感じた。

「…狩屋、ドライヤー、上手いな」

轟音と熱風の中、俺の髪の毛を乾かす狩屋の手。その手が髪を撫でるように触る感触は優しく心地の良い気持ち良さを醸し出していた。
思わず、先程とは違う優しく目を閉じて手の感触だけを追いかけてしまう。
狩屋の手が髪と髪の間を空いている感覚。
さらさらと髪を撫でている感覚。
毛先を柔らかく跳ねている感覚。
どれもが心地好く感じた。

「…幸せだなー」

思わず、そう呟いてしまう。
と、ガンっとドライヤーの先端が俺の頭部に激突した。

「いたっ?!」
「なに、言い出すんですか、先輩は。」
「だって、本当だし。」
「うっさい、黙れ。」

俺は本当なのになー、と思いつつもこれ以上狩屋を怒らせるとこの幸せタイムが終わってしまう気がしたので「へいへい」と適当な返事を打つ。
しかし、狩屋はまだ納得してないのか髪を乾かす手を少し乱暴にしながらドライヤーを続けていた。あ、このくらい乱暴なのも案外いいかもしれない。
新しい心地よさを見つけた俺はあとはこのドライヤーの渦に巻き込まれていくだけだった。
繊細な狩屋の手が頭を撫でるだけで幸せを感じられる。
どんなに嫌いだった轟音と熱風も感じさせない狩屋の手。
いや、狩屋だからこそ、こんなに心地いいのか。
優しいあいつだからこその心地よさ。

「明日もよろしくな」
「自分で出きるようになってください。」

とか、言いつつやってくれるくせに。

そして、俺はゆっくり目を閉じた。

ブォオオ

「あ、ごめん。」
「ばかりや!!」

前言撤回。
やっぱりま耳元での轟音は好きになれない。




end

髪をなびかせて




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