小説 | ナノ


いよいよ夏が近づいてきた6月半ば。ムシムシとした湿気が鬱陶しくまとわりついてくる中、俺らは新居の準備をしていた。
新居、なんていってもお互いの通勤の所為もあってそんな離れた場所ではない。似たような建物ばかりが並んでいるためそんなに新境地にきた気がしなかった。
俺はそんな前の家と変わりのないアパートの前に止まっているトラックからいくつかの段ボールを越してきて唯一変わったところの部屋番号が書かれたドアの前まで運んでいく。こういう時に物が少なくて良かったと思う。前の家は寝ることにしか使っていなかったのに加え要らないものは大分処分したため俺の段ボールは2つで済んだ。


「はい、ラスト」


これから俺たちが共に過ごす部屋のドアの前で松野に段ボールを手渡す。全くなんていうか松野はずる賢い。バケツリレー法式にしようなんていうから了承したのが悪かった。トラックから2階の部屋までが一人分だなんで誰が想像するだろうか。しかも自分はその3分の1くらいのドアから部屋の奥まで距離しか運ばないなんて理不尽にも程がある。じゃんけんで決めようったって俺が松野に勝てるのなんて5回に1回が良いところ、案の定俺が負けた。


「はいっお疲れー」
「お疲れーじゃねーよ馬鹿。松野、何もやってないじゃんか。」
「だって、そういうルールだし」
「お前が決めたルールがな」


俺はクタクタになった体を引きずるように上がり込んだ。まだ何も置いていない部屋は広々としている。それに真っ白な天井と真っ白な壁の組み合わせは余計に広く感じさせる。俺はその広さを体一杯に感じようと部屋の真ん中にごろりと寝転んでみた。ひんやりとしたフローリングの床がこの季節は気持ちが良い。これならまだカーペットやらは必要ないだろう。そんなことを考えていたら突然ひょっと松野が俺の顔を覗いてきた。


「しーんいち」


ドキッとした。
黙って松野の顔を見ていたら再度名前を呼ばれた。


「しーんーいーち」


松野は俺の名前を呼んだあとにへらと間抜けとしか言い様のない笑顔を向けた。
俺はただ見つめることしかできない。


「僕らの家だね」
「…うん」


やっと出せた声はどんな声だったろう。きっと情けない声だったんだろう。松野が笑っている。


「新しい家ではさ、名前で呼び合おうよ。」


新しい家はまだ何も置いていない。
ただ、古びた白が広がっているだけだ。
だけど、きっとそんな白もいつの日か生きている僕らの色に変わってゆくのだろう。


「真一」


僕らが少しずつ変わっていくように。
共に変わってゆく。

少ない俺の私物もどんどん増えていくだろう。
君のずる賢さは磨きがかかるかもしれない。
少しはじゃんけんに勝てるようになるかもしれない。

この部屋の広さが馴染んでいくんだ。


「空」


また、君との距離が縮まった気がする。




End

僕の証




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