小説 | ナノ


最初からおかしいとは思っていた。思っていたのにも関わらずその場の空気というか好きなものを前にしたらホイホイついていってしまう性分の自分が憎い。っていうかた悔しい。たかが一先輩に騙されたのが悔しくて堪らない。俺、倉間典人はそんな自分の気持ちをなんとかして得意気な顔をして前を歩いている南沢篤志くそ野郎先輩に伝えるべくチッと大袈裟に舌打ちを鳴らした。


「なんだよ、舌打ちなんかして。ご機嫌ななめだな、倉間。」
「あー、人を騙すようなくそ野郎でも人の気持ちはわかるんですねー。」


自分の中の悔しさをなんの惜し気もなくもなく南沢先輩にぶち当てる。南沢先輩も南沢先輩でそんな俺の態度が相当面白いらしく今日は珍しく俺の憎たれ口には乗ってこないでニヤニヤと気持ち悪い笑顔を浮かべていた。ああ、全く腹が立つ!!
なんでこんなにも腹が立ってしょうがないかというとことの発端はほんの数十分前に戻る。
いつもだったら「デートしたくないか?」等とアホみたいなことを言い「倉間、デートだぞデート。俺はデートに行きたいです。ほら、言ってみろ。じゃなくちゃ行けないぞ、デート。」ってな感じで直ぐに俺に『デート』という恥ずかしい単語を言わせたがる先輩が珍しく「出かけるぞ、倉間」とデートと言わずに誘ってきた。最初は何か怪しいと思い断ったら「じゃあ今日は帰るぞ」と言い出したもんだからしょうがなく『出かける』ことにした。ら、これだ。


「あの、先輩。」
「なんだー?」


未だに南沢先輩は俺の前をズンズン歩いていく。手も繋がず、隣同士で歩くことさえせずに。いつもだったら周りにバレない程度に手だって繋ぐし、最低でも俺の歩調に合わせて歩いてくれるのに。
俺のふて腐れた声にまた南沢先輩は笑顔で振り返った。


「なんで、今日は、そんなにズンズン前行っちゃうんですか」
「え?ダメ?」


え?ダメ?って!この人は本当に性悪だと思う。俺も自分のことはかなりの性悪だと思っていたが上には上がいた。ただでさえ前者の言葉をいうのに勇気が必要だったのに俺がダメに決まってるじゃないですか!なんて言えるわけないじゃないですか!
俺はさっきよりももっと機嫌を悪くして立ち止まっている先輩の横を横切った。
と、横切ると同時に先輩がぽつりと溢す。


「今日は『出かけてる』んだよ。」


俺はぴたりと先輩の半歩前で先輩と同じように立ち止まった。


「は?」
「だから、今日は『出かけてる』の。『デート』じゃないの。」


またこの人は訳の分からないことを。『デート』じゃないとか『出かけてる』とか。さすがに俺のイライラはもう限界だ。反論するために口を開きかけた。


「けど!倉間が!どうしてもデートがしたいって言ってくれたら考えないこともなくはなくない。」


そう、ドヤ顔で言いきった先輩。開いた口が塞がらないというのはまさにこの状況のことを言うのだろう。俺はポカーンと口を開けたまま間抜けな声を出してしまった。


「ほら、俺に前を行ってほしくないんだろ?」


なんていうかかんていうか!


「隣を、歩いてほしいんだろ?」


悔しくて堪らないというか認めたくないというか


「うぅー…デー、ト」


にんまりと笑う笑顔を今にでも殴り飛ばしたい。


「してやってもいいんですよ?!」


だけどやっぱり貴方にはまだ負けたくはない!


「なんだその頼みかた!」
「うるさいうるさい!先輩がアホだから悪いんですよ!ばか!」


(繋がれた手の温かさが大好きなんて言ってあげないよ)




End

素直になりなよ




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