小説 | ナノ


(10年後パロ)




ギィ、とその古い扉は鈍い音をたてながらゆっくりと開く。そして長年閉ざし続けてきた部屋に真新しい光を差し込み始めた。
天馬は光に当てられふわふわと部屋の中を舞う埃たちを手で振り払いながら中へ足を踏み入れた。床も使われていなかった所為かミシッと音をたてている。
あれから、何年経ったのだろうか。
あの日、貴方が居なくなってから。


『俺はこの部屋を出る。』


そう言ったあの人の強く、誰にも屈しない眼差しは今でも強く天馬の胸に刻まれている。あの眼差しを思い出すとチクリと刺されたような痛みが心臓に広がる。天馬は自ずと胸を掴んでいた。あれからもう何年も経っているのにな、と天馬は自虐的な笑み零しながら部屋の中に大量に積まれた本達を見上げた。
そこに並ぶ本達は埃さえ被っているがあの日みた光景とまるで変わっていない。それが余計に天馬を辛くさせた。あの人が好きだったものを見るのがこんなにも辛いことだなんて知らなかった。あの人はもう帰ってこないのにまるでそこにあの人が居るかのように思えるからだろうか。直ぐにでも大量の本の間からひょっこりと顔を覗かせながら「天馬。来てたのか。」と優しく声をかけてくれるような気がするからだろうか。しかし、いつまで経っても変わらないこの風景が今考えた事全てを虚空だということを天馬にしらしめる。それが余計に心痛に天馬に突き刺さった。


「ねぇ…」


しかし、天馬は痛みを堪えながらも部屋を進んでいく。そしてある場所で今まで歩き続けてきた足をぴたりと止めた。


「いつからでしょうね。」


何時からだろう、貴方が高貴な人じゃないとわかったのは。
この場所で声を押し殺す事もせず涙を流しつづけた貴方を見てからだろうか。それとも辛くて辛くて仕方がない時の貴方の荒々しい演奏を聞いたからだろうか。
それとも、貴方が如何に気高く揺るぎない決心を持った人だと知ってしまったあの日からだろうか。
天馬はポタリと一筋の涙を目の前にもう開くことのない一台のグランドピアノに零した。


『行かなくちゃならないんだ。』


大好きな人、神童拓人はとても強い人だった。


『俺達のサッカーは汚れていた。それを綺麗にしたのはお前だ、天馬。あの時のサッカー、そして今のサッカー。これは全てお前のサッカーだ。』

「気づいていたかは解りませんけど」


高貴、という言葉が似つかない程に強い心を拓人は持っている。


『綺麗なサッカーを続けてくれ。お前はお前の、松風天馬の時代のサッカーを大切に、な。』

「俺にとってのサッカーは貴方なんですよ…?」


あの日、この場所で天馬はそれを思い知らされたのだ。あの眼差しによって。


『天馬、サッカーを喜ばせてやってくれ。』

「拓、人さん…?」


貴方は俺にとって全てだった。
それなのに貴方は居ない。

ああ、貴方にこの苦しみが解るだろうか。まるで生きている心地がしないこの苦しみが。

貴方にとって今のサッカーが亡くなることが世紀末ならば。
俺にとって貴方が居ないこともまた世紀末。

いや


「どうして、さよなら、なんて言うんです?」


『さよなら、天馬』


終末だろうか。




End

なんちゃって世紀末思想




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