気づかないで、なんて言わないの 「南沢先輩。なんですか、突然呼び出すなんて。」 誰もいない午後の公園。 久々のオフなのに、と倉間は自分を呼び出した南沢に分かるように舌打ちをした。すると南沢はお得意の勝ち誇ったような笑みを浮かべながら「相変わらず生意気だな。」と言いながら背の低い倉間を見下ろす。その動作が倉間は余計に頭にきた。 卒業式はとっくの前、と言っても2、3日前なのだが癪に触ってしょうがないからとっくの前ということにするが、まあとにもかくにももう別れは済んだはずなのに倉間は突然南沢から呼び出しを食らったのだ。倉間からしたら卒業してしまった南沢とは何の関係も無くなったのにどうしてこんなふうに呼び出しを食らったのか不思議で堪らない。今まで散々生意気な態度をとってきたその仕返しか、またはその説教か。まあとりあえず心当たりらしいものといえばそんなものしか思い当たる節がない。が、いくら南沢先輩でもそんなことでいちいち自分を呼び出すようなくそ面倒な性格の持ち主でないのは流石の倉間だってわかっている。それではなぜ、呼び出されたのか。倉間は外気に触れている片目だけで頭上の南沢を睨みつけた。 「で、なんスか。早くしてください。何もないんなら俺、帰りますよ?」 「帰られるのは、ちょっと困る。」 「じゃあ、帰ります。」 「なんでだよ。」 倉間はそうは言うも「早く言えよー」とぶつぶつ言いながら公園のベンチに腰をかけている。南沢はそんな倉間を見ながらまた笑みを零す。いつもあいつはそうだ。嫌だと言いつつ受け入れてくれる。生意気だが隠された優しさがある。あの時だってそうだった。南沢の指先に2月中旬に感じたココアの温度が蘇る。 「倉間」 南沢はベンチに座る倉間の前に立ち、倉間の名前を呼んだ。すると、倉間は褐色の肌に赤を浮かばせながらこちらを見てくる。「な、なん、スか」と突然名前を呼ばれ吃りながらも未だに生意気な口を叩く倉間に苦笑しながら再度南沢は名前を呼んだ。 「倉間」 低い、とは言いにくい南沢の声にドキン、と胸が鳴る。と、思ったのもつかの間。次の瞬間にはこの2年間憧れ続けてきた香りに鼻孔がくすぐられた。 え、と思考が停止する。 南沢先輩に抱きしめられてる。 「せ、せん、ぱい?」 目を開けば直ぐ隣に深い赤があって。こんなに近くに赤があることにまたドキドキと鼓動が早まった。今まではずっと上にあったのに。 「みなみ、さわ」 「ホワイトデー」 「は?」 今さっき南沢が言ったホワイトデーという言葉の意味が理解できないため倉間はは?え、なに、え、という言葉ばかりを口から零す。 「だから、ホワイトデー。ココアの」 「ココア?…え、」 ココアと言えば。倉間は自分の顔が真っ赤に染まるのを感じた。ココアって、もしかして、バレンタインデーの…? 「あっ、あれはちがっ、ちがくて」 「お返し」 ぎゅ、と肩を強く抱きしめられた。 『お返し』、って。 その言葉の所為で南沢がもうとっくに自分の気持ちなんか知られていたのだと気づかされた。だから、こんなことでお返しだなんていうのだこの人は。 「倉間」 今まではずっと手の届かない存在だと思っていた。 ずっと憧れているだけの存在だと思っていた。 いつか自分も、と願うだけの存在だと思っていた。 「ばーか」 やっと自分も貴方に近づけたのでしょうか。 「先輩こそ」 今は貴方の赤が隣に感じられます。 End |