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伝わらないビターを貴方に


先程まで雑踏が広がるグランドも今は夕日のオレンジに静かに染まっている。
倉間はそんなグランドを一人そわそわしながら見つめていた。


(早く来いよ…。)


まだ2月上旬のこの時期は北風が冷たい。口から洩れる息も真っ白になって出てくる。マフラーしかしていない倉間はぶるりと体を震わせた。しかし帰るわけにもいかないためこうして寒さにじっと堪えるしかない。あの人が来るまで待っているしかない。
倉間はぎゅっと手に持っている茶色でコーティングされた缶を両手で大切そうに握りしめた。その缶は手袋をしていない倉間の指先をじんわりと暖めていった。しかし買ってからだいぶ時間が経ってしまっているためか購入時よりも温い。倉間はその温度に眉を潜めた。出来れば暖かいままで飲んで欲しかった。そんな叶うことのない願いのため倉間は茶色の缶を自分の巻いているマフラーで包み込んだ。少しでも暖かいままで飲んで欲しくて。


「よう、倉間。」


妥協した願いは神様も叶えてくれるらしい。倉間は後ろからかけられた声にビクッと肩を揺らした。すると声の主はけらけらと胸糞悪い笑い声をあげながら一歩、倉間に近づいて来る。そんな他からみたら何の変哲もないただの動作さえにも倉間は胸をドクドクと鳴らしながら震える唇を開いた。


「な、なんです、か。南沢先輩っ」


声の主は南沢。倉間の一つ上の先輩だ。南沢も学生服に身を包み帰り支度が終わり帰路を行こうとしているところらしい。


「なんですか、ってお前こそこんなとこに突っ立って何してんの?」


倉間は痛いところを突かれたという表情を全面に出しながら慌てて言葉をつぐんだ。


「え、?俺?え、えと…そ、れ、は…」


缶を握る手に自然と力がこもる。マフラーで包んだ缶の存在が辛くなってきた。


「さっ、き!じっ、自販機で一本当たっちゃったからっ!いらないから、先輩に、あげようかな、なんて…」


我ながら可愛いのカケラもない理由に倉間は呆れながらマフラーから缶を取り出し、目の前の先輩に差し出した。


「…ココア?」
「甘いの、苦手なんで。」
「…ふーん…あ、そ。」


南沢は差し出された缶を受け取り、じっくりと缶を見つめる。渡された缶は温度という温度はなく温い。しかしマフラーから出てきたということは自分を待っている間に暖めていてくれたのだろう。南沢はそんな倉間を想像し、フッと笑い声を漏らした。


「な、んですかっ!」
「別に。」
「はぁっ?!」


倉間は南沢の態度に頬を膨らませながら「いらないなら返して下さいっ!」とまた可愛くないことを言う。すると南沢は「あれ、甘いの苦手なんじゃなかったか?」と意地の悪いことを言ってくるから倉間は余計に腹をたてながら南沢の持っている缶を奪おうと手を伸ばすが身長だけは誰にも偉そうなことを言えない倉間。伸ばした手は宙をかくだけで全く南沢の持っている缶には届かない。


「倉間」


手は届かないけれど


「ありがとな」


君の言いたいことは分かってるから


「なっ、なにがですか…」


缶から流れ落ちる温いココアはじんわりと南沢の体を暖めていく。


「別に」
「はあ?」




End




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