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試すような真似しても無駄



かたん..


校門に入ると、まだ時間帯が早いせいか人は疎らで、いつも賑やかな校舎はしぃんと朝特有の静けさを持っていた。

鳥が、ピピッと高らかな声で空を飛行する。
朝の光が眩しく俺を照らす。

いつもと変わらぬなんの変哲もない朝。
そんな中、俺だけは、いつもと変わった変哲ばかりある朝を迎えた。


「……、」


俺の手に握られていたのは、ピンク背景にぱらぱらと色とりどりの花が描かれた可愛らしい封筒。
端の方には、小さい真ん丸い文字で宛先人の名が恥ずかしそうにちょこんと置いてある。


これは、正真正銘、誰が見ても、





「乙女のラブレター。」



朝、がやがやとクラスメイト達が朝の挨拶を交わしあっている中、俺は一人首を傾げていた。


「そうー。乙女のラブレター。」


俺の目の前でそうのんびりと話す奴は、松野空介。
松野は同じサッカー部の仲間兼俺の大切な人。
まあ、大切っていうのは所謂、恋人っていう、やつ。馴れ初めはまた機会があったら話そう。

それで、なぜ松野は今、俺の目の前に『乙女のラブレター』をちらつかせているかというと、松野曰く、


「朝さあ、靴箱開けたら上履きの上に置いてあったの。」


だそうだ。


「へえ…。誰から?」
「わかんない。ただ、『私と付き合ってくれるなら、放課後、松野くんの教室にいてください。』って書いてあるだけ。」


松野は中身を声に出して読んでから、ははっ、と軽く笑い声を漏らした。
多分、松野にとってはこんなラブレター1枚どうってことのないものなんだろう。
もともと容姿も良くて、何事に対しても器用で勉強も運動もそつなくこなしてしまう松野は、やっぱり、モテる。
ラブレターなんかも大量にもらっているらしく、そのため断り方も慣れている。
だから今回もそんな風に断るのだろう。


「で、どーすんの。その乙女のラブレターの返事はさ。」


俺は、何となくそう思っていた。

が、次に松野の口から出た言葉は俺の予想を180゚回転させるものだった。


「……僕、教室、残ってみようかな。」


教室に残る。

その言葉を聞いた途端、胸を誰かに叩かれたような衝撃が響く。


「はあ…? あ、のさ。松野?」


俺は、ラブレターをくるくる裏表を回したり、中をかぱかぱと開けて遊んでいる松野を俺は目を大きく見開きながら見上げた。


「なに?」
「教室に…残るって…どうゆう意味か分かってんの?」


松野は俺の言葉にふふ、と笑い声を漏らした。


「わかってるよ。」


その言葉と同時に教室の喧騒を蹴散らすかのように担任とチャイムが入ってきた。
松野は俺の席から離れ、教室から出て行ってしまった。

「…あっ、おい松野!!!!」


俺は急いで松野を引き止めようとしたが、もう遅い。
その一連の行動がまるでスローモーションのように感じた。


試すような真似しても無駄 またあとで話そうね。」


松野はそう言い残すと、とても幸せそうな顔で教室をでていった。


かたん...


朝、俺が開けた靴箱の音が頭に零れた。




01.試すような真似しても無駄
 End








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