短編 | ナノ



目測と現実




バンッ…


隣の部屋から大きな扉がしたものだから、驚いて覗いてみると、そこには立向居が泣き崩れていた。


「…っく……ひっく……」


泣き声を押し殺しているためか、嗚咽から聞こえないが震える肩から確かに泣いているのだと分かった。
どうしたものかと思い、一歩、彼に近付く。そして、意味のない言葉の羅列を投げかてみる。


「…立向居? どうした…?」


そっと、肩に手を添えてやる。
すると、立向居もそれに答えるように自分の胸に顔を埋めてくる。
俺はそれをぎゅっと抱きしめ、優しいキスを落とした。


「………ん、…つな、み……さん…?」


きっと、今日も辛い現実を目の当たりにしたのだろう。
きっと、円堂の現実を。
あの笑顔はもう、手の届かないという現実を見たんだ、立向居は。


「……ど…して?」


立向居の冷たい指先が俺の頬を滑る。
その指の動きさえ愛おしく感じる。


「…なにが」
「………濡れてる…ほら」


俺はその濡れた指先を見ながら、自分の頬に手を当てた。すると、頬は立向居が言った通り微かに湿っていた。


「…なぜ? なぜ、………」


窓から顔を覗かせる星空は、淀んだ都会の空気の悪さを強調させる。
しかし、なぜだろうか。
なぜ、今宵はこんなに空が美しく見えるのだろう。


「今までは…一度もなかった」


彼のその言葉に俺は自然に笑みが零れた。


「貴方が、泣くなんて。」


俺の頬を触る冷たい手に自分の手を被せる。そしてそのまま、先程より激しい口づけをしてやる。


何時からだろう。何時からだろう。

彼がこんなにも愛おしく感じるようになったのは。
自分のものにしたいと思ったのは。

そして、手の届かない存在だと気付いたのは。


そんなこと気付きたくはなかった。
ただ、彼を好きでいたかった。
ただ、純粋に。
溺れるほどの純愛に。

それなのに、なぜなのだろうか。
こんなにも狡く貴方を愛してしまっているのだろうか。

弱っている彼にこんなにも卑劣な口づけを浴びせ、嘘だらけの言葉を投げつける。

それのどこが純愛だというのだろうか。
全く。

自分で自分を笑いたくなる!!


でも、まだ、お願い。



「…つなみ、さん…?」


まだ、優しい貴方に甘えさせてほしい。


「どうしたんですか?」


まだ、狡い自分を許せるように。
利用させてほしい。


「…いや、」


まだ、人を愛することを出来るように。


「好きだ、立向居。」


貴方に好きだと囁けるように。


「………はい。」


俺は、今日も貴方を狡く、偽善の愛で攻め立てるんだ。


愛しているから。


自分を。


貴方を。




End








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