短編 | ナノ



君と君の奏でる唄




「ふん ふ ふ ふん ふ ふん」
「…」


春の暖かい休日。
松野は俺ん家(半田宅)で呑気に鼻歌なんかかましながらゲームをしていた。そして、俺の視線に気づいたのか、テレビ画面を見ながら おはよ。なんて言ってきた。
朝から、本当に腹が立つ野郎だ。


「…あの、さ。」
「んー?」
「今、何時だと思ってる?」


ぴろぴろぴー…
テレビ画面からは、主人公が囚われのお姫様を助け出した時のBGMが流れている。
けど、このゲームにはまだ続きがあるのだ。


「んーっと、10時12分? 半田、起きるの遅いねぇ。」
「うるさい。ってゆうか、それは関係ない。で、お前はいつから俺ん家にいるわけ?」
「起きる時間も中途半端。なんちゃって。…えぇ〜と、9時? 8時半? 忘れたー」
「は?」


9時? 8時半??
じゃあ、こいつは約1時間半でこの全く手付かずだったゲームをもうすぐクリアしようとしてたってこと?


「違う。」
「何が。」
「何でもない。とにかく、来るの早過ぎだろ。今日は午後じゃなかった?」
「え ぇー だって、暇だったんだもん。」
「ふざけるな。時間を考えろ、時間を。」
「だって、学校行くときはもっと早いじゃんか。」
「……………」


松野に何を言っても無駄だと思った俺はその後言い返すのを止め、無言で支度を始めることにした。


「…って、ああっ!! この姫、偽物じゃんか! ひっどー……」


ほらな。
まだ、そのゲームには続きがあるんだ。
本物のお姫様はどこにいるでしょう! って感じの。このシリーズはこうゆう偽物系が好きなんだ。


「まぁ、頑張れよ。俺、朝飯とってくるから。」
「一週間で3面の半田に言われたくない。行ってらっしゃーい。」


お前が早過ぎるんだよ。という言葉は口からだしたら余計に惨めな気分になるから黙って言葉を飲み込むことにする。変わりにはい、はい。と言って部屋を出た。

ブルーベリージャムを溢れんばかりに盛った食パンを手にしながら、松野の待つ部屋に戻った。
するとまた、松野お馴染みの鼻歌が耳を掠めた。


「たっだいまー。」
「ふん ふ ふ… おっ帰りー。」


俺は ん。と軽く返事をし、さっきまで寝ていたベッドの上に無造作に座った。
そして、ブルーベリー食パンをシャクシャクと食べながら松野の操作するテレビ画面を見る。


「ふ ふん ふ ふ ふーん ふ…」


緊迫するBGMに混じって、松野の呑気な鼻歌が聴こえてくる。なんだか、変な気分だ。
でも、何となく、嫌な気はしない。


「ふ ふ ふー……あ、」


595HIT!! とカラフルな色具合がテレビ画面に表示された。
そして、ラスボスの大きなな叫び声が響き、GAME CLEAR と大きな文字で表示された。


「やったー、クリアー!」


松野は半分棒読みな言い方をしながら、大きく手を万歳の形にした。
そして、またあの鼻歌を歌いはじめる。


「……」


あぁ、そうだ。思い出した。その鼻歌。
このゲームシリーズの曲だ。
本物のお姫様を助け出した時の曲。

古いメロディーで柔らかな曲調。


「ふん ふん ふ ふーん ふ ふ ふん」


だから何となく嫌な感じがしなかったんだ。
あれ、でもなんで松野がその曲を知っているんだろう。

テレビ画面はエンドロールになっている。
松野はいつの間にに鼻歌を止めており、こちらを向いていた。


「ねぇ、半田半田。」
「ん?」


空っぽになったお皿を脇に置きながら、松野の方を俺も向く。


「僕の歌ってた鼻歌、何の曲だか分かる?」
「分かるよ。姫を助け出した時の曲だろ?」


俺がそう答えると松野はふふふー笑いながらそれもあるねぇ。と言った。
それから、


「ショートカットしてゴールした時もこのBGM。」


なんて言いやがった。
あぁ、なるほどね。何となくわかった。
その鼻歌を聞いていると、落ち着く理由を。


「松野らしいね。」
「んー …んー?」


いつの間にかに、ブラウン管には主人公とお姫様がキスをしている。


「それって褒めてる?」
「褒めてるよ。」


口を尖らしながら何やらブツブツ呟いているこっちの王子様はそれから、まぁいいや。なんて言いながら俺に近づいてきた。


「これから、何をしようかね? お姫様。」


王子様色に染められたお姫様は、そのまま身を王子様に委ねるしかない。

それを俺たちは知っているから。


「王子様の仰せのままに?」


君の呑気な鼻歌に包まれながら。
柔らかな午後を過ごすのだ。




End








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