噛み付いてやるっ!! 「つ、綱海さんっ」 練習後のグラウンド。 夕日が地平線と重なり始めた頃。 俺は、一つ上の先輩、綱海にある『頼み事』を頼みにきた。 「ん? なんだ、立向居。」 そんな立向居に綱海は優しく笑いかける。それだけの何でもない行動にはクラクラクラしてしまう。けれど、今、鼻血なんか吹き出してしまえば『頼み事』を遂行することが出来なくなるからここはグッと我慢、我慢!! 「あ、あの、です、ね、!!」 緊張した面持ちで口を開く立向居を綱海は不思議そうに、ひょこっと下から顔を覗いた。その動作に立向居は大きく目を開け、数cm背中をのけ反らした。 「? 立向居? なんだぁ??」 「いや、あの、あの、あの、」 口からは「あの」とか「えと」とか情けない言葉しか出ない。夕日はどんどん傾いて行って、変わりにちらほら宿屋の明かりが点きはじめた。 「その、………」 立向居はぎゅと自分の手の平を強く握り、ガバッと綱海の方を向いた。綱海はその立向居の行動に驚いたように目を丸くさせたが、すぐに「ん?」と優しい表情に戻った。 「き、」 「き?」 遠くから、円堂たちの笑い声が聞こえる。もう夕飯が出来たらしい。 「きすっ させっ、て、くだ、さ いっ」 キラリと、1番星が輝いた。 「……………いいぞ」 もう、回りは真っ暗。 群青色に染まりはじめる。 「…え?」 「ん? なんだ、立向居。キス、しねぇーのか?」 「へ、」 予想しない言葉が綱海から返ってきたため、立向居はポカン、と口を開いた。しかし、綱海はそんな立向居をお構いなしに「んっ」と唇を差し出してくる。なんだか自分からキスをせがんだのにこちらが照れる。 「いいん…ですか?」 「おー。ほら、早く。夕飯、もう出来てるらしいぞ。」 一人迷ってる立向居は早く早くと唇を出してくる綱海を見て、フゥッと一つ息を吐き、グイッと綱海の肩を掴んだ。それを合図に綱海はフッと瞼を閉じた。 あと、5cm、3cm、2cm、1cm…… かぷっ 3番目くらいの星が輝き始めた頃。 グラウンドに下手くそで、けれども甘いキスの音が響いた。 「………、あの」 「………? 終わりか??」 一瞬だけの触れるか触れないかくらいの情けないキスに綱海はキョトンとした表情を見せた。立向居はその表情を見ていると何だかだんだん恥ずかしくなってきて、フイッと下を俯き小さな声で「はい。」と呟いた。 「……ははっ、」 と、突然、真上から綱海の渇いた笑い声が聞こえた。 「噛み付いただけじゃん。」 立向居の顔が一気に真っ赤に染まっていく。そんな恥ずかしさを隠すように立向居はグラウンドいっぱいに叫んだ。 「かっ噛み付くくらいっ、綱海さんのことがっ、好き、なんですっ。」 まずい、失敗した。 そんな思いが脳裏を過ぎった頃にはもう遅い。また、星空から大好きな笑い声が聞こえた。 End |