短編 | ナノ



素っ気ない優しさ

(年齢操作:社会人)




「ねぇ、真一ぃ、」


まだ、木の香りがする真新しい洋服棚の目の前で僕は恋人の名前を呼ぶ。


「何?」


恋人の真一は僕の呼びかけに怠そうに返事を返し、まだ固いソファから顔を覗かせてきた。
僕はそんな真一に、2本のネクタイを見せた。


「どっちがいいと思う?」
「え、」


1本は、青と黄色のしましまのネクタイともう1本は赤のチェック。
どちらも気に入っているネクタイだから、迷っていた。


「どっちでもいいんじゃん? ってか、それくらいで俺を呼ぶな。」
「えー 迷ってるんだってばっ!! 酷いよ、真一!!」
「別に俺にはどうでもいいことだからな。」
「ぶーっ …昨日はあんなに可愛かったのに。」


素っ気ない真一の返事に僕は頬をむくれている。と意味も込めて小さく膨らませ、昨日のベッドでの行為を意地悪く口に出してみる。すると、ほら。


「空っ!! おま、何、言って!!」


真一は顔を真っ赤にさせて、僕を睨みつけてきた。わぉ、ゾクゾクする。


「ははは、だってホントの事だもーん。 で、真一、どっちがいい??」


僕は棒読みな笑い声をあげて笑った。しかし、これ以上言うと今度は真一がむくれてしまうから、話しを変えた。真一は話しが変わったのを安心したのか小さく溜息をついた。


「また、そっちかよ。」
「だって。ほら、どっち!!」
「だって、って。 うーん、チェック…?」
「わかったー」


僕は、真一が選んでくれた赤のチェックのネクタイをワイシャツの襟に滑り込ませ、シュルッと結ぶ。そして、棚の脇に置いてある黒の革の鞄を手に取り、玄関に向かった。


「じゃ、真一、行ってくるね!」
「おー、……あ」


真一は、こちらを見て何かに気づいたらしくテトテトと僕に向かって歩いてきた。


「ネクタイ、曲がってる。」
「え?」


確かに、ネクタイの結び目が少し曲がっている、ような気がする。
真一は、僕のネクタイを指差すと慣れた手つきでシュルシュルと結び直し始めた。そして、結び終わりポンッと軽く結び目を叩きニヤリと笑った。


「俺が選んだやつが台なしになる。」


そんな、笑い方も全部が可愛くみえてしまうのは僕だけだろうか。


「真一のくせにー、」
「るさい!! ほら、もう時間だろ!」
「はははっ、うん。」


僕は、ひんやり冷えた銀色のドアノブを軽く捻った。


「じゃ、行ってきます」
「おー、行ってらっしゃい。」


ネクタイの結び目に、君の素っ気ない優しさを乗せて。



End








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