複雑lovers 目の前に運ばれてきた、真っ黒のアイスコーヒーが太陽の光に照らされてキラキラ綺麗に光っている。それと、同じくらい俺を見る君の瞳はキラキラ輝いていた。その輝きをみて、俺は小さく息をつく。 今日は、君に、別れを告げにやって来た。 何時からだろう。 松野の存在が、重荷になったのは。 確かに、性別が同じ。というところも重荷だった。けど、それとはまた、別の重荷がずしりと俺の背中を圧迫している。 それは、いつも、「好きだよ。」しか言ってくれないのとか それは、他の誰ともすぐに仲良くしているとか それは、俺をどのくらい、愛しているのかわからないとか。 そんな重荷たちが積もり積もって俺は、別れる。という単純な考えにたどり着いた。勿論、これが正しいのかどうかは俺にはわからない。けれど、これしか今の自分には思い付かないのもまた事実であった。 「ねぇ、半田。」 そんな沈黙を破ったのは、松野の軽やかな口調だった。 「な、なに。」 呼び出したのは、こちらなのについつい疑問形になってしまう。 「呼び出したのは、半田でしょ? 話ってなに?」 松野は、俺と同じツッコミを俺にしてきた。まぁ、それが俺の体が固く硬直した理由ではないのだが。『話』その単語が俺の筋肉を硬直させた。 「あ、あぁ、うん………」 なんて言おうか。 頭の中で、様々な単語を試行錯誤するが、どれもこれもぼやけて見えてどれを選べばいいのかわからなくなる。松野はそんな俺を見てか、黒目がちの瞳を不思議そうに揺らし、ケーキを口に運んで口にを開いた。 「この、ケーキ。美味しいね。」 「え? あぁ。うん、美味しいでしょ。 お気に入り。」 頭の中で描いていた話とは別の話だったので一瞬、言葉が飛んだ。 「へぇ。半田もたまにはいい趣味するね。」 松野は美味しいそうにケーキを頬張りながら笑った。何故かその笑みが俺の脳内の考えを引き止める。 「たまにはって、なんだよ。」 「ふふっ。なんでも。」 松野は、俺のツッコミに小さく笑い声をあげ、ゆっくりと顔をあげ俺の瞳をじっと見てきた。その瞳に貫かれた体は一歩も動くことを許されなくて、逆にずっと見ていたい気分にもなる。松野は、それから、無邪気に口角を両方あげた。 「ありがとう。」 その言葉は、いつもと変わらない一つの何気ないパーツとしてこのカフェの空気に溶けてゆく。多分、誰が聞いても、このあとには「どういたしまして。」という返事が返ってくるように自然に溶けていた。 なのに。 「………………」 俺には、回りとは違う、ゆっくりとしかし多少の痛みを残しながら溶けていった。その溶け方の痛みなのかどうかは知らないが鼻の奥がツンと鳴った。気づいたら、アイスコーヒーに小さく波紋が出来ていた。こで漸く気づいた。 重いリュックサックの中身に。 それは、「好きだよ。」の信憑性でもなくて、他の人に対する嫉妬でもない、また俺に対する愛の度数でもないのだ。 ただ、想って欲しかった。 俺が松野の隣に居続ける理由を。 俺が松野の手をとり続けている理由を。 ただ、感じで欲しかった。 それだけだったのだ。 「はん……だ?」 松野は、心配そうな顔で俺の涙を拭ってくれた。その手の冷たさが俺の目頭を余計に熱くさせた。 「まっ…つの、」 別れようなんて安易な考えは既に俺の脳内にはない。そんなものよりも複雑な考えが脳内に張り巡らせている。嗚咽混じりの情けない声だけど松野に伝えたい。 「俺っは、松野にとって」 カラン、カフェのベルが鳴る。 脳内の考えは、その音を合図にパッと解け、同時に複雑にもなった。でも、伝わってほしい。この簡単だけど複雑な気持ちを。どうか読みとってほしい。 「大切な、存在…………?」 松野のアイスコーヒーみたいな瞳は、望遠鏡のように丸く、俺の瞳の裏側まで覗いてきた。そして、星を見つけたようにキラリと光った。 「当たり前じゃん。」 簡単だけど、複雑なその答。 だけど、その答が俺らの未来を簡単にも複雑にもしてくれる。 「でさ、話ってなに?」 「あ、何でもない。」 結局は、別れたくないんだから。 End |