短編 | ナノ



数学.60てん




「………」


やばい。
これは、やばい。
涼野風介は、一人お日様園のリビングで呆然としていた。
白い紙を手に持ちながら。

「……はぁ…」


大きな溜息を一つつく。
苦手なのだ。昔から。これだけは。
いや、もう嫌いの域だ。敗北の次くらいに嫌いだ。



数学なんて。



カタンッと軽い音をたてながら風介は椅子に腰を下ろし、再度赤いペンで書かれた60と言う数字を見る。
いつ見ても酷い点数だ。
国語や英語、社会と言った文系はいつも100点なのだが数学はよくて80点。100点なんて夢の夢だ。
しかも数学はいくら勉強したってミスをする。計算ミスやらやり方が捻ってあったり。先が全く読めない。


「…消え去ればいいのに…。」


等と、負け惜しみをブツブツと呟いていたら、後ろからバンッと扉が大きな音をたてながら開き、晴矢がドスドスと乱暴な足音をたてながら入ってきた。


「おっ風介。先、帰ってたのか!」


なんて、嬉しいそうな表情を浮かべながら。多分、何か良いことでもあったのだろう。
こっちは今、全くそんな気分ではないのに。と、思い私は顔を晴矢から背けた。


「? 元気ないな、風介。」


晴矢はお節介に私に近付いて来た。
そして、私が必死に隠していた数学のテストを気がつかれた。


「あっ! 数学のテスト返されたのか?! どうだった?」

「……………………別に。どうもしていない。」



「はっはーん、俺、100点だぜ!!」



「…………え、」


一気に私の表情が固まる。
衝撃の一言だった。いや、一言過ぎた。
あの、晴矢が100点? まさか。
私の方がいつも勉強は上だったのに…?
勢い余って私は席を立ってしまい、そのせいでひらりと答案が床に落ちた。60という数字を恥ずかしげもなくさらけ出して。


「…………………………」

「…………………ろ…………」


私たちの間に一瞬気まずい空気が流れた。
そして


「……ぶはっ!!!!!!」


晴矢の笑い声と私が晴矢を殴る音が部屋に響き渡った。




「まさか、風介が60点を出すとは思わなかったぜ…。」

「五月蝿い。数学は嫌いなんだ。」


私は恥ずかしさにプイッと顔を晴矢から反らした。
あぁ、もう最悪だ。こいつによりによって晴矢に点数がバレるなんて。
これから一週間はこのネタで弄られるな…。
もう…もう、涙が出そうだ……。


「なぁ、風介。」


いきなり、晴矢に名前を呼ばれて私は情けない顔をあまり見せないように「なんだ?」と返事をした。


「数学、教えてやろーか?」


意外だった。
晴矢から、そんな言葉が出るなんて。


「……」


突然過ぎて、私が固まっていると晴矢は怒った声で「どーすんだよ。」と急かしてくるから私も勢いで「貰う…。」と答えてしまった。
後から、しまった。と思ってももう後の祭り。晴矢は黒ブチの眼鏡をいつの間にかにかけていて、私の間違ったところを一つずつ丁寧に教えてくれた。


「…ここは……だから……なるわけで…」


こんな近くで喋るのはいつ以来だろうか。子供の頃のようで懐かしい。
しかし、顔や手はもう大人のようにすっきりしていた。
眼鏡の奥からすらっと生えた睫毛は私よりも数o長い。

なんだか、別人のように見える晴矢はドキドキしてくる。


「…おい、聞いてんのか?」


全く。晴矢は数学のようだ。


「聞いてる。先に進め。」


全く、先が読めない。


「えっらそーに。」




End













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