少年Aの涙



半身だけ壁とドアの隙間から覗かせていた少年は、廊下に出てきた。片手にはしっかりと杖を持っている。ツバサも持っていた。同じ方向だ。リャクのかけた魔術はツバサだけではなく、こうして別の偽物まで分布していたのだ。



「俺、厳密にいっちゃえばツバサとは違うからなー。智将って呼んでよ」

「いつも以上にふざけてるな。『智将』のほうがわかりにくい。奴と別人だろうと、元の人間は同じだろう」

「……。はぁ。……まあ、呼び方なんてなんでもいいけどさ。つれないね」

「結構だ」



リャクのギロリとした目付きに怖じ気付くわけでもなく、少年はツバサより楽しそうな笑みをする。



「ここも崩壊寸前。話は今回限りじゃないにしろ、手短にしようよ。互いのために」

「同感だ」

「俺に言いたいこと、あるでしょ?どうぞ」

「正直なことを話そう。一度しか言わん。
……オレは心底貴様が大嫌いだ」

「知ってるー」

「研究者としても、組織の頭としても言いたいことは山ほどあるが、オレ個人としては、貴様が大嫌いな一方、複数の部分で認めている点がある。だから言わせてもらおう」



リャクの口調は相変わらずではあるが、ツバサに対するいつも通りの殺気や鋭さはおさまっていた。目をそらさず、少年はリャクをしっかりと焼き付ける。



「あの明とかいう小娘ほどではないがオレは貴様を知っているつもりだ。
"シナリオ"がどうした!?逆らうとなんだ!?貴様はそういって逃げるつもりか?長く世に留まっていて感覚が狂ったか!?どうして"シナリオ"を解かない、解こうとしない!本体はどうか知らんが、なにもない空っぽの貴様らもどうか知らん。どう思ってるか、これからどうするかもオレは知らん。だがお前の人生だ。縛られたままでいいのか?」



ただ黙ったまま少年そのまま立っていた。リャクは息を吐くと、顔を反らした。まだ言いたいことがあるような、そんな苦い表情をしている。喉から溢れそうな言葉を、一文字も残さずグッと呑み込んで相変わらず苦い表情のまま少年を視界に入れる。



「……もし、お前ひとりじゃ"シナリオ"が解けないなら、オレも手を貸してやる。研究者として言うなら"シナリオ"に興味があるからな」

「……。……、えっ、と……」



リャクの言葉が意外だったらしく、少年は再び反らすリャクを視界の中心に入れた。
そしてすぐにニヤリと悪どい笑みになる。



「へえー?なにが研究者?狂研究者がそんな生温いことを本気で思ってるとは思えないんだけど。そのことについてはどうでもいいけどさー?」

「ツバサより子供っぽいかと甘く見ていたがそうではないようだな。死に急ぎたいなら直接言えば良いものを。安心しろ。死体は丁重に扱ってやる」

「はっ、冗談じゃない」



少年はそういうと窓ガラスに手をつき、そのまま中に波紋を作って消えた。リャクが舌打ちをしたとき、建物の崩壊が始まった。