まだ夜は明けぬ



隣を歩く、俺よりも背が低い少年は口許を僅かに緩めていた。気のせいかもしれない。けれど、一瞬でもそう思った。



「なにか面白いことでもありました?」

「いや。もうすぐでそこの建物が消えるな、と」



つい先ほど出たばかりの建物に、リャク様の目が向いた。夜だからか、振り向いて見てみたその建物は妙に静かで不気味だった。扉を無くした玄関は水浸し。ひんやりとした空気はどうしてだろう。



「リャク様、お怪我はありませんか」

「ソラも」



ふと横から声がして、オレはそちらを向いた。リャク様は目だけそっちにむけたみたいだが。
そこに立っていたのは夜の暗さで通常では判別がつきにくいほど黒で身を包んだリカと、逆に白い服を着ているにも表情がまったく明るくないサクラがいた。疲労している様子がすぐにでも分かるくらい顔を真っ白にしてサクラに身体を支えてもらっているリカは様子からみて、他人を心配する余裕がよくあるな、と感心してしまう。はじめにリャク様を心配したサクラもそうだ。前回見たときより疲れている様子がうかがえる。
この二人をこんな状態にできるような異能者を相手にしたということか。



「問題ない。それよりお前たちは大丈夫なのか?」

「疲労しているだけで他に問題はありません」

「そうか」



どうみても問題はある。しかし本人たちが大丈夫だというのだからリャク様も追求はしないのだろう。
オレはもう一度建物の方を見た。

窓に、人影――。

よくある、心霊現象か。窓から覗く女、みたいな。幽霊は信じていないから冗談なのだが、あの窓から覗く人影はどうしてもはっきり見える。建物から離れたせいで人影は手の爪ほどあるかないか。よく見て正体を確認しようとした。そしたらタイミングよく、人影はひっこんでしまいオレは部屋の家具をその目に映すことになった。つい舌打ちをする。



「どうかしたか?ソラ」

「なんでもない」



リカが首を傾げてこちらを見上げる。
ザッとリャク様が動いた。足下に生えた雑草を踏みにじり、オレたちを見上げて言う。



「先にテレポーターとの合流地点に行け。オレは用事ができた。それを済ませてくる」



リャク様はすぐにその場から魔術を使って消えてしまった。
どうしたのだろう、と思ったが考えてもわからないことは目に見えている。



「ソラ、行くぞ」



建物をまだ見つめていたオレを呼ぶリカたちはもう歩き出していて、オレもあとに続いた。