もう二度と無いだろう



「ッバカ!落ち着け!」



光也が、その腕に明を閉じ込め、強く抱き締めた。突然のことで、オレは頭が追い付けなかったが、徐々に理解できた。
つまり、あの焔を出しそうになった明を光也が止めたのだ。焔がでそうになった原因はどうみてもツバサが怪我をしたという事実。



「……ほう」

「どこ見てんだよ」



リャク様が興味深そうにこちらを、明を見た。単純に「面白そうだな」っていう目をしていない。その先――。
ぞわり、と寒気がした。

そこへツバサがリャク様に攻め込み、左足だけを軸にして杖で攻撃。一瞬でリャク様の背後にまわった。そのときの口が歪むツバサの顔をオレの目は逃さなかった。リャク様がフッと透明になって消えると離れたところにゆっくり現れた。ツバサが舌打ちをしたと同時に床が歪んでツバサを食べるようにパックリと開いた。ツバサはそこから逃げ、オレたちがいる結界のすぐ近くまで来た。手を伸ばせば鎖を掴めそうなほど近い。



「この結界を解くから、明ねーちゃんたちはボスのところへ行って。もうそろそろ時間でしょ」



オレにも聞こえる会話。遠くではリャク様が腕を組んでなにもせずただこちらを見ていた。
明は目を丸くする。光也も口を開けたきりだ。



「雪奈やゆうきたちも向かってると思う。だから早く行かないと遅れちゃうよ?」

「で、でも私、こんなツバサを置いていくなんて……」

「俺のことはここにいる誰より明ねーちゃんが知ってるでしょ?」

「お前、あいつと戦って勝算があるのかよ。どうみてもツバサのほうが不利だし、全力の一割にも満たないだろ」



明から体を離した光也は「あいつ」といったリャク様を横目で見た。ツバサは「全力じゃないのはあっちも同じ」と返す。



「明ねーちゃんたちが早く帰らないと、あっちの俺はどうなるの?」

「そ、れは」

「明ねーちゃんに逢えて良かった」

「でもツバサ……」

「俺にだって仲間がちゃんといるんだよ。大丈夫。大丈夫だから。心配しないで、進んで」



ツバサが鎖を掴んで、引っ張った。

鎖は硝子が割れるような音をたてながら次々にきれて無くなる。

ツバサは彼らの背中を思いっきり押した。振り返ろうとする明を光也が止めて、壁の中をすり抜けて消えていった。

あの会話にどれだけの意味が込められていたのだろう。
心優しい明が、どれだけ――。



「これからどうするの、ツバサ」



オレはツバサの顔を見ないで、明たちが消えていった壁を見ながら問う。



「このまま俺を逃すほどリャクは甘くないからね。ソラは捲き込まれないように気を付けて」



ツバサはオレの背中を叩くと、一本踏み出した。