氷結世界



「はっ、凍って動けねえか!?」

「ご冗談を」



ゆうきが槍を氷の地面から抜きながら膝をついていたシングに問いかける。シングは汗1つ流さずその真っ赤に染まった血の様な目を漆黒の髪から覗かせた。殺気のこもったそれは恐ろしい。少し離れた場所にいたミルミはジャラリと重い音を出して手に握る鎖の先にナイフを付ける。ゆうきの後ろにいるクレーは氷の壁に手をぴったりと付けていた。

ここは裏口。月光もあまり届かない真っ暗なそこにいるのは、シングとミルミ、そしてゆうきとクレーだった。
すでにクレーがシングとミルミに戦闘をしても無意味だということは説明していた。それにシングとミルミは納得した。だが、好戦的なゆうきは決着をつけるまで勝負をしていたいようで、その瞳を闘志で満々にしていた。
その証拠に、いま建物や地面、周りの木々が氷漬けにされていてシングたちの周りだけ気温が極端に低かった。ゆうきのその異能は攻撃するだけでなく、こうして体力を奪うことにも適していたのだ。



「ミルミ、大丈夫か?」

「平気です。マスターはどうでしょうか?」

「ミルミと同じだ。――いいか?」

「どうぞ」



無表情のミルミは、シングのは違う真っ青な感情が読み取れない瞳を彼にむけた。
シングは自分の手首を咬んで、そこから流血をおこした。

ゆうきは何をするのだろう、と隙があるにもかかわらずそれを面白そうに見ている。クレーが攻撃しようと一歩踏み出せば、槍をもったその手で静止させた。



「……どうして止める」

「テメェには戦闘を楽しむっていう能がねえみてーだから教えてやるよ。いいか?相手の実力と自分の実力を出しきってみろよ。運動じゃできないくらいたくさん動いて、自分の経験を出しきれる。相手が強ければ強いほど楽しいしこれほどスッキリすることはねぇよ」

「……。あいつらはゆうきから見てどう?」

「いいな。この時代はあたしたちが生きたより異能の力が弱まってるって、聞いてたが」



槍をはさんで腕を組み、ゆうきはシングたちを見据えた。

シングの手首から氷の地面に落ちた血は生き物のように、独りでに動いて文字を描いていた。そして完成した短い文にシングが足で一線ひいてめちゃくちゃにすると唇を動かした。その声は誰にも聞き取れない。



「待っていてくれたようだな。もういい」



シングがゆうきたちに告げると、ゆうきは唇の端を持ち上げて笑った。