それは誰の名前?


ぼんやりする意識の中、ミントは胸の中でひとこと呟いた。



(―――なにがおこっているんでしょうか…?)



ミントは地面の上に仰向けのまま、考えた。空は黒い。故に眼には黒しか映っていなかった。よくみれば、そこに赤がある。



(…狩人の眼)



ああ、そうだ。今はカイトと戦っているんだ。
このままだと殺されてしまう。
ミントは起き上がろうとした。
しかし、力が入らない。
全身をめぐる痛感。
ほとんどが鈍痛だった。



「……死に損ない」



足掻くだけ無駄だ

カイトはミントにわずかに聞こえるような声で呟いた。

上から降ってきた声、上にある赤。
ミントは自分が見下ろされていることを悟った。
テレポートをして距離をとろうとした。
だが、座標を指定するための計算ができない。
頭がぼんやりしているのだ。
そんな頭ではろくな計算ができない。
頭が働かない。



(……そういえば、負けたんだった)



身体がろくに動かないわけだ。
妙に気温が上がり、計算ができなくなってカイトに撲られたことを思い出した。その気温はまるで真夏の猛暑。この世界での季節は冬で、防寒具を纏っていたせいか、脱水症状になったのだ。



(骨、何本か折れちゃいましたね。)



痛みを通り越してなにも感じない身体に違和感を覚えながら、虚ろな眼でカイトを見ていた。カイトはただミントを見下ろすだけだった。

カイトは足をミントの胸に当て、踏む。
突如襲ってくる激痛にミントは悲鳴をあげかけて、僅かな理性でそれを抑制した。

悲鳴を抑制することは、ツバサに教え込まれた。自分の感情を素直に出すな。その延長で、悲鳴もそうだった。
敵に見せる感情など不要、要らない。



「げほっ」



血を吐いた。

頭がクラクラして、貧血を察した。カイトは足を離して「まだ生きてる」と呟いた。ミントはカイトが踏んでいたそこに自らの手を当てて驚いた。穴が空いていたのだ。カイトに突き刺されたものだった。カイトはその傷口を踏んで広げていた。カイトはそこではっと顔をあげた。そしてミントを見下ろしてからその場を立ち去った。

これ以上追撃されなくなってミントは安心しかけだが、このままでは死んでしまうかもしれない。いや、確実に死ぬ。
血を流し過ぎているのだ。呼吸をするのも辛苦。



(まだ死にたくない、恩をまだ返していない、彼女にあっていない、弟を残したまま死にたくない、一人にするわけにはいかないよ…)



たった一人の肉親と親友と恩人を脳裏に浮かべたまま彼女はちからなく眼を閉ざした。



「…っしにたく、ない」



呟いたことばは彼女が振り絞ったさいごのこえ。涙を流した。
それから彼女はその口を動かさなかった。


カサリと草を掻き分ける第三者の足音が彼女に近づく。