「ごめんね」



そういって瑞希は小さな影から離れた。影は首を横にふって笑う。



「俺、死なないから泣くほどでもないと思うんだけれど…」

「死ななくても、目の前で怪我をするだけで嫌なんだよ?ましてや死んでしまうなんて…。」



影が血を流しながら倒れるところを思い出したのか、瑞希の表情が暗くなる。そして「じゃあ私、もう行くね」と、まだ瞳を揺らしながら小さな影に背を向けて行った。

それを黙ったまま見送っていた影は瞳を閉ざす。口は緩やかに弧を描いていて、何かに耐えるような表情をした。

クレーはそれに気がつくが、なにも言わない。ゆうきは気付いたのか否か、「早く出よーぜ」と声をかけた。
影はだっと駆け出す。



「一番は俺ーっ」



ニッと笑ってみせるとゆうきの眉がつり上がった。雪奈から離れ、小さな影はゆうきと走る。大きな扉を両手で思いっきり明けて冬季の日差しを浴びた。














「ふぅ…」

「おつかれさま」



制服のネクタイをゆるめながら三階へ昇る階段に腰をかけた美紀の背後にカイトが立っていた。美紀は振り向き様に彼の名を呟いた。



「カイト…」

「どうだったんだ?敵の力量は」

「強い。ナナリー……だったかしら。ボスの補佐ってだけはあるわ。一人の封術師にここまでやられるなんてね…」



怪我などない美紀がやられた、と言った。

怪我がないのではない。無くしたのだ。つまり治癒。瑞希の封術と己の召喚術で治癒をした。だから怪我がないように見える。語る言葉に説得力はなかった。



「そう見えない」



はっきりと、カイトが言う。
美紀は苦笑気味にクスリと笑った。



「自分が弱っているところは隠さないと。敵の奇襲を受けることになるわ」

「無理されると困る」

「無理していないわ」



光也と同じ濁った赤い目をカイトからずらす。それが気にくわなかったのか、カイトはピクリと表情を動かした。

ここで会話が途切れた。
人工的な音は消えた。
誰の足音も話し声もない。
しぃん、という擬音さえも赦されないような時。

カイトも美紀も喋らない。
だが、それも永遠ではない。



「美紀」

「…なに」



カイトの低い声が床を這うようにして美紀へ届く。美紀は振り返らず、手首の具合を診ながら素っ気なく返事をする。



「不死が居る。」

「ツバサでしょ?知ってるわよ」

「そうじゃなくて」

「なに?」

「あれ」



カイトが窓の外で暴れる四人のうち、一人を指さした。ここで初めて美紀はカイトの隣に辿り着く。
そして、驚き、声一つだせないまま呆気にとられた。