日常は消えた






「気が付いたか」



ソラたちが立ち去ったあとサクラはリカに問い掛けた。リカは静かに頷き、少しだけ笑った。



「あの服の汚れ、あれから予測するにソラが負う怪我は大きい」

「だろうな」

「しかしソラは一人で立ち歩いている。」



リカが呟くように言って、サクラが目線だけリカに向ける。
リカはサクラもそう考えていると受け取り、なおも続けた。



「恐らく治癒系の異能が関わっているのだろう。恐らくではないな、確実にそうだ。」

「だろうな。」

「向こう側の異能についてはまだわからないが、誘拐し、さらに傷付けたソラを治す益はないだろう。」

「普通に考えたらそうなるだろ。」

「あれほどの傷を瞬時に治せる異能者は少ない。私たちの知る限りではさらに限られた人物。」



この先は言わなかった。言わなくても、リカとサクラの考えていることは同じだからだ。


ソラは『黄金の血』に捕まっていた。
ソラは大怪我を負ったはず。
それなのに治っていた。
短時間で治せるのは異能者のなかでも上級クラス。
そして今、治癒系能力をもった
トップクラスのツバサが居ない。


ならば考え付くことはひとつだ。

ツバサは確実に『黄金の血』の所に居る。そこでソラの治癒をし、さらに脱出を手伝った。
ツバサは『黄金の血』の所にいるが、こちら側―――『Saint Huse』―――を裏切っていない。

その事実に少し嬉しくなった。



「詳しいことは明日、当事者に聞かないと。」

「そうだな。」



サクラは感情を表に表さず淡々と言い、リカは大人びた笑みをふっと浮かべた。

"シナリオ"など、どうでもいい。一年前と同じようにまた引き戻す。とリカは胸に刻んだ。
いくらサボり魔な上司だろうと、さ迷っていたリカに声をかけたのは紛れもなくツバサだ。リカだけではない。情報の人たちはツバサに恩がある。恩の有無よりもツバサを信頼していたことは確か。

居て当たり前だったツバサが前触れもなく消えた。それは虚無感を促すものだった。
始まりがあれば終わりがあるように、別れがあることはわかっていた。ニコニコと笑っていたミントも。ツバサに似ていつもふざけているシドレとアイとワールも。他にもまだいる人たちも。

しかしこれはあまりにも唐突すぎやしないか。

リカの隣に立つサクラは、引き摺り戻したらまず土下座させる、と普段と同じことを考えていた。