翼をもぎ取られた鳥





「笑うな、気味が悪い」



誰もいないそこでツバサが自分を嘲笑した。いや、正確には彼が、"シナリオ"に。
"シナリオ"が言う通りにしろ、と暴れまわる。ツバサはそれを抑え、抑え抑え抑え抑抑抑抑抑抑。



(クソ、"シナリオ"が強すぎる…)



ツバサは冷や汗を流した。そっと唇を動かし、詠唱────。

明たち多重能力者が存在した世界に生まれ、生きたツバサも多重能力者だ。不死の能力だけをいままで使用し、封術で制御してきたが今回は悠長なことをしている場合ではない。
封術を駆使し"シナリオ"を抑えると、杖を拾って立ち上がった。



「怖いな、天属性って」



動きにくい足を杖で補ってツバサは歩き出した。
まだ息が荒い。
間隔をあけて何度も封術を詠唱しているツバサはどうみても平気にはみえなかった。

もう、自分が消えてしまう事は十分理解していた。

"シナリオ"は絶対だ。
しかしツバサは命令をされることを膓が煮えたぎるほど嫌っている。そんな性分であるにもかかわらず今まで"シナリオ"に逆らわなかったのは、自分が消えてしまうからだ。

まだ消えたくない、まだやり残したことがある。後世へ伝えたい事を、受け継ぐべき世界へ。

だがそれも、つい先日やり終えたばかり。もう、自分がやり残すことはない。

偽者であるツバサの役目は終わったのだ。

あとは現世へ迷い込んだ明たちを帰すだけ。それだけだ。それさえ終われば、"シナリオ"に喰われ、消滅する。

わかりきった未来を笑った。見下すように。
通り過ぎた過去を、笑った。くだらないと。

吐き捨てるように。


溜め込んだ想いはそのままに、かたくかたく蓋を閉じて。二度と開かぬ様に鎖で縛る。


先に消えた本体を追い掛けるように、偽者は想いを詰める。


別に死ぬわけじゃない。
いなくなるだけだ。



「あ、ツバサ!」



顔が豆の様に小さい場所から明が姿を現した。
ツバサは顔を上げる。
明はツバサに向かって駆けた。



「…ツバサ、元気?」



本人は無自覚だろうが、明は観察力が良い。ツバサのどこを汲み取ったのか、そんな事を言ってツバサを心配した。



「元気、だよ」

「そ?もう遅いから寝よー。私は居眠りしちゃったみたいだけどね。ソラは帰った?」

「帰ったよ。」

「そっかー。みんなそれぞれ世界があるんだよね」



次会ったらソラは敵なのかな、と明は悲しそうに笑った。



「ねーねーツバサ!また一緒にお風呂入って一緒に寝て一緒にごはん食べて一緒に遊ぼ!!」

「急にどうしたわけ?てか最初の二つ、光也にーちゃんが聞いたら怒るよ?」

「いいんだよ。友達だから!」

「そう言って貰えるのは嬉しいけど、さすがに性別の差は許して貰えないでしょ」



ツバサは明のペースにのみ込まれたのを自覚しながら、彼女の頭を撫でた。
明は猫の様に少し嬉しそうにしてから気が付く。



「ついこの間まで逆で、私が撫でてたのに」

「明ねーちゃんからしたらついこの間かもしれないけど年号にするとかなり昔だよ」



完全に明のペースにのみ込まれたツバサは、"シナリオ"の事を忘れ、からだのダルさもどこかへとんだのを感じた。