▼ Situation reversal
「あ。やっぱり、そうだ。」
「何が?」
ソファの上でソラは真っ直ぐ鈴芽を見ていた。鈴芽は疑問をそのまま表情に表してソラを見つめ返す。
現在、ソラが彼を押し倒すようなかたちになっていた。
「鈴芽、からだ細い。ちゃんと食ってるの?」
いつもしている男装を解いているソラは、ちゃんと女性の格好をしていた。髪は結っていないし、男物の衣服は身につけていない。
中性的な声や性格に変わりはないものの、やっぱりソラは女の子なんだな、と鈴芽は再確認していた。
「……俺、細い?」
「細い細い。女装できるんじゃない?鈴見はムリかもしれないけど。」
「なんで俺はできて鈴見だとできねーんだよ」
少し拗ねた鈴芽が面白くてソラは「聞きたいの?」と焦らした。
鈴芽の中に息を潜める鈴見。二人は表裏一体で、一つ。鈴芽は鈴見で、鈴見は鈴芽。つまり二重人格。悪くいえば精神障害者。
彼らが一体どういう経緯でこうなったのか、詳しいことをソラは聞こうとしない。過ぎた過去はあまり気にしないソラの性格故だが、それ以前に鈴芽と鈴見を傷付けてしまうかもしれないと思っているからだ。
「鈴見の性格、知ってるでしょ。すぐにバレそうじゃん。」
「あー……。てか俺だって上手く隠せる自信ないって。」
「なんで。やってみないとわからないじゃん」
「は、?」
ソラは鈴芽の上から離れるとソファの横に置いてあった紙袋を持ってきた。
上半身を起こした鈴芽に嫌な予感が走ったのは、ソラが離れた時。
「ちょ、まさか…」
「たぶん鈴芽の予感、当たってる。」
鈴芽がその場を離れようとしたがソラが許さない。反論しようと口を開けばソラが唇で塞いだ。鈴芽の服にソラが手をかける。
息づかいと衣服と肌が擦れ違う音だけが部屋に響いた。
「あんま調子乗ってんじゃねぇぞ…」
「……、タイミング見計らってんの?」
鈴芽がソラの肩を押して口を離す。ソラは「一体なんの条件で…」と呟きながら脱がしかけた鈴芽を―――否、鈴見を見た。目の色が変わっているが、声音が一段と低くなっていて口調や纏う雰囲気の変化を感じとったソラは彼が彼でなくなったことを察した。
「鈴芽に着せんな。俺が着てるみたいで気色悪ぃだろ。」
「似合うと思うんだけど。」
「趣味悪ぃな」
「別に趣味じゃないし。興味本意。好奇心旺盛なんだよ」
「へぇ…」
押し倒されたような状態で鈴見は紙袋に目を向けると、ニヤと口許を緩めた。ソラはそれを見逃さず、嫌な予感がして鈴見から離れようとしたが腰に手がまわされていて離れられない。
「着てみろよ、ソラ」
「やだよ、そんな女の子らしいの。」
「言ってろ。」
鈴見がソラの肩に手を掛け、力を加える。鈴見は立ち上がり、ソラは鈴見がいた所に移動していた。予想していなかったのか、抵抗する間もなくあっさりソラは倒れてしまった。
鈴見はソラに覆い被さるような体勢になった。
その瞳は、好奇心よりも大人びた色を宿していて、ソラはそれを睨んだ。
「形勢逆転だな」
そういって鈴見はソラの手の上に自らの手を重ねた。