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▼ Shortage of labor


ソラ、レオ、イヨは裏門を全員が視界に捉えられる所までやって来た。ソラは刀を、レオは懐中電灯を、イヨは二丁拳銃を手にしている。今回イヨの拳銃にはサイレンサーが装備されていた。


「まず、そこの門の周辺に外部からの干渉をはね除ける封術が仕掛けられてる。トラップを守ってるんだね。それからー、扉全体に魔術と、真下の地面に召喚陣がある」

「まずはそれらを封印すればいいんだな?」

「うん。異能者じゃなくてそっちの能力者の力だからなんとかなると思……、ちょっと待った。こんなの初めてみた。門全体の空間そのものに魔術が掛かってる。たぶん空属性の上級魔術だ。イヨさん、大丈夫?」

「封印するものが分かっていれば問題ないぞ」

「わあ、素敵」


ソラが茶化したすぐ後にイヨは滅多に使うことがない封印の能力を行使した。ソラの目にはそれぞれの異能がみるみるうちに機能停止していく様がよく分かる。イヨも感触を確かにしているのか、手応えをもっていた。ただ一人、トラップが見えないレオはつまらなそうに懐中電灯の電池をいじっていた。
しばらくしてすべてのトラップの封印をした。あとは見張りにバレずに侵入するのみである。

それはレオの出番だ。光を操作する系統の異能をもつレオにとって「光の屈折」など朝飯前だ。それどころか異能の特徴として、ときおり無意識に光の屈折を行っているレオだ。光を屈折させて透明になるなど、やはり造作もないことである。


「じゃあ、息を殺して……」


人差し指を唇の前へ。わざわざ妖艶に微笑んだレオは、それを合図に全員を視覚からはずした。
良眼能力を持ち、見えないものでも看破する異能のソラでもレオの器用さには目を見張るものがある。パッと見では見破ることなどできない巧妙な異能に満足したのか、一息つくと刀を左手に持ち直した。


「これが透明人間か」


と、初めての体験にイヨは口元を緩ませる。
気配を消し去り、三人は城へ潜入した。

それぞれ最初にやるべきことは鈴芽が組織の研究部、機械開発班と共に作った爆弾と弱体化機械の設置だ。
異能の技術は圧倒的に他国を凌駕する理想郷だが、機械はてんで。アナログの世界にいる彼らにデジタルとは未知のものである。
爆弾は誘導にあまりにも最適。弱体化機械とは、封術に代わる異能の弱体化をさす。今回この任務に従事するのは異能者であるソラ、ルイト、シャトナ、レオはみな異能者のなかでも能力者に部類する。そのため弱体化機械の指定を魔術師、召喚師、封術師に設定しておけば能力者以外をなんとか弱体化できるだろう。


「……っ」


城に踏み込み、ソラは口元を抑えた。その顔は青ざめている。唐突の変化にイヨは心配して近寄った。その傍らでレオが周囲を警戒する。


「魔力が満ちていて気持ち悪い……」


魔術に敏感なソラは真っ先に内面からの影響を受けた。外面よりも内面が脆いソラはイヨに甘えて肩を借りた。ソラはコートのポケットに右手を突っ込み、カプセル型の錠剤を出すと口に入れて飲み込んだ。これを予期していたのだろう。研究部に毒気の強い魔力の対抗策を頼んでいたのだ。


「ソラ。それは」

「サレンに依頼するのは高かった……。しばらくすれば調子は戻るから大丈夫。……鈴芽が作った機械を設置しに行こう」


ソラは深呼吸をして気合いを入れ直した。無線機からルイトや鈴芽、白亜の声が届いたが適当にあしらっている。間にちょくちょくシャトナの声が混じっていたが無視である。



『とにかく機械の設置を頼む。たぶん、これで任務の難易度が変わるはずだ』

「了解」


鈴芽の声を合図に三人が動き出す。手に持っているのは直径20センチの球体。それが四つと、手のひらに収まるほどの黒く四角い物体だ。前者が弱体化機械であり、後者が爆弾である。まずはこの球体を城の四方に置き、そのあと鈴芽がスイッチを入れる手はずだ。
弱体化機械を置く際に爆弾もいくつか設置。一つ目、二つ目の弱体化機械の設置は難なくこなすことができた。


「まあ、いつまでも順調ってわけないよなあ……。治安部隊の懐でさ」


レオがため息をついて懐中電灯の電源を入れた。
イヨは拳銃の安全装置を外し、ソラは腰を落として鞘に収まった刀を左側に固定させた。
相対するのは二人の異能者。無線機の向こう側でルイトが端末機を作動しながら易々と目の前の異能者の情報を引き抜く。


『そいつらは揃って魔術師だ。空属性の奴と火、風属性の奴だ。二人とも上級魔術まで習得してる。俺に言われなくても分かってるだろうが、気を付けろ』


ルイトが言い終わる前にレオは口を裂いて笑った。


「先手必勝ぉー?」


ふふふ、と笑ったのは目の前の魔術師が一人、死んだあと。ソラ以外、わけがわからないという表情をみせる。スコープでその状況を除いていた鈴芽にも、音を確実に聞いているルイトにも、現場にいるイヨにも。
死んだ魔術師は胸の辺りにポッカリ穴を開けていた。徐々に溢れる血を見ながら、つい一秒前まで立っていた魔術師がなぜ今死んでいるのか考える。

しかしそれを隙とみたソラは動き、生き残ったもう一人の魔術師との距離を詰めた。懐に入り、抜刀。しかし生き残ったのは空属性の魔術師。短く詠唱をすると自身の周辺の空間を歪曲させ、ソラの刃を避けた。


「糞が。どこの組織の奴らだ」

「おうおう。治安部隊も大変だな。そんなに敵に心当たりがあるのか?」

「潰えるべき悪は絶えないからな」

「ご苦労なことで」


レオは懐中電灯を弄ぶ。舌打ちを残したソラは後退すると正眼の構えで魔術師と相対した。
それ以上交わす言葉などなく、一旦停止した殺し合いはイヨの銃声で再開されることとなった。しかしすぐにソラたちは息詰まることになる。なにせ、魔術師は常に自分自身の周囲の空間を歪曲させているのだ。魔術師は一歩たりとも動くことはないが、ソラたちはかすり傷の一つも与えられないのだ。

ソラの剣撃は無となり、イヨの銃弾は検討違いな所に当たり、レオの異能の影響はない。しまいにはレオが痺れを切らせて半ば叫ぶようにソラへ聞く。


「上級魔術を自分に仕掛けてるのか! ソラ、魔力切れはいつだ!」

「オレに聞かないでよ。オレだってそいつの魔力がどのくらいあるのか知るか。イヨさんの能力は使えないの?」

「あれはしょっちゅう使えるものじゃないぞ」


正直なところ、手詰まりだ。
攻撃がまったく届くことのない相手をどう殺せと言う。魔力切れを待った持久戦なんてしていては囮になりえない。仕事が失敗してしまう。
それでも攻撃の手を止めるわけにはいかない。


「おい、なにか策はないのか」


イヨは通信機に手を当てた。


『まってて、イヨお姉ちゃん!』


元気な白亜の声がしたと思えば。
それは的確に。魔術師の魔術を崩壊させた。

はっきり見えたのはソラだけだろう。一瞬なにが起こったのか分からないのは全員が理解したが、冷静を欠かなかったイヨの次の一手は的確に。その場で魔術師の眉間を撃ち抜いた。

鈴芽はスナイパーライフルに特殊な銃弾を込めていた。今回の作戦の準備のため、研究部に入り込んだ。その開発品は弱体化機械や爆弾のみならず、己の銃弾もそうであった。その銃弾が他と違うのは、封術の術式が細かく刻まれているところだ。重火器に慣れないこの地において、そもそもスナイパーライフルというものが驚愕すべき品物だろう。いくら慣れている異能が施されても、唐突のそれに対応できない。


「鈴芽ナイス。やばいよ、かっこいい。超かっこいい」

『棒読みすんな。感情を込めてくれ』

「むりむり」

『おい……』


ソラは倒れた魔術師の死を確認すると刀をおさめた。


「さっさと移動しよう。囮だけど見付かるわけにはいかない」

「そうだな」


レオとイヨはソラを引き連れて進む。

彼らが進む石造りの廊下は足音がよく響く。いくら暗殺部とはいえ、魔術で音量拡大されているせいかどうしても音を消すことはできなかった。
人気のない暗い廊下を歩き、最後の設置を済ませたところでまた邪魔が入った。それは唐突に聞こえ、唐突に詠唱の終わりを聞かせた。


「――以上、五十八の方式を展開せよ」


振り返り、その声の持ち主を見たときはすでに遅く。
廊下に大きな切れ目が走った。
その奇襲を許してしまったソラたちは三人がそれぞれに分断される。無線機の向こう側でルイトが舌打ちをし、白亜の慌てた声が響いた。
詠唱のあとに廊下は割れ、床は崩れていく。崩壊していく廊下。しかし、あっと言う間にレオだけが崩れた床に飲み込まれて地下へ落下していってしまった。


「運の悪い奴」


ソラの冷たい一言とは裏腹にイヨは悔しそうな表情を見せた。その様子を横目に、やはりソラは冷静な態度をする。


「廊下が崩れるなんてありえないっしょ。イヨさん」

「あ、ああ……。ああ、そうだな。まさかこの崩壊は幻覚か? 私たちが見えないだけでレオはいるのか?」

「たぶん、そう。でも術式が長かった。ただの幻覚とは思えないところが腑に落ちない……」


ソラとイヨはそれぞれ己の獲物を構えて辺りを見回してみるが、崩壊して不安定な足場以外はとくに変化はなく。また、人気もなかった。
無線機もノイズだらけでうまくルイトや鈴芽、白亜の言葉が聞き取れない。良聴能力をもつルイトだけは無線機などなくとも音を拾ってくれているのであろうが、それだけである。


「ひとまず進んでみないか? あまり離れなければサポートも問題ないだろう」

「了解」


イヨには人の気配があることを理解していた。しかし感覚が狂ってしまっているのか、眉をしかめたままだった。

廊下はどこまでも長く、冷たい空気が走り抜けていく。それぞれの足音が聞こえるのみ。敵の物音は詠唱だけだった。脳を狂わせるその封術の詠唱にどうして気が付かなかったのかと舌打ちをしたくなる衝動にかられる。神経を研ぎ澄まし、己が正気であることを信じるソラとイヨに次の手が出される。
廊下の左右の壁が大きな音を立てて動きだし、ソラとイヨに迫ってきたのだ。



レオは慌てて声をかけた。無線機の向こう側で白亜の揺れた声もする。


「お、おい、イヨさん! ソラ!?」


廊下で倒れこんでしまった二人を揺さぶる。物理的な攻撃よりも目に見えない攻撃に脆弱なソラはともかく、イヨまで攻撃に合うとは思わなかったレオは歯軋りをした。背後でする足音に焦りが芽生える。くそ、と文句を漏らして立ち上がると訪れる敵に対峙した。


『封術の幻覚ってなんだよ、解けるのか?』

『難しいな……。本人に幻覚から脱出してもらうか、術者を殺さないと。幸い術式は2桁だった。殺せばなんとかなるはずだ! レオ、頼む!』

「俺を誰だと思ってる? 任せとけ。殺すのは得意だ。鈴芽のサポートもよろしく」

『おう』


『イ、イヨお姉ちゃん……』と無線機越し白亜の小さな声。ルイトが宥める声と鈴芽がライフルを改めて構える音がした。
それらを聞き届けてレオは懐中電灯の明かりをつける。歯を見せてにっかりと笑った。
相対するのは封術師の少女と、もう一人。30代と見られる男。男の方は手に矢のみを持っていた。腰に矢筒を吊り、無表情のままレオを眺めている。


「やーい、泥棒。死ね」


封術師の少女はそのまま詠唱をはじめ、無表情の男が大きく足を踏み出した。矢をレオに向けてまっすぐ投げ、「ZKA:E」と言う。すると矢は増え、およそ十に達する矢が円になってレオを囲う。続けて「T:S」と男は呟く。すると銃弾のようなスピードで矢がレオに集中した。
変わらず笑った表情のままレオは突っ立ったまま。廊下を照らすろうそくに懐中電灯を向けただけだ。


「あっ」


封術師の少女が詠唱を止めてぽかんと口を開けた。
ろうそくは真っ白に輝く。目を開けていられないほど明かりを強くした。目を閉じていてもそれは眩しく、まぶたを超える光が封術師の少女と無表情の男に襲いかかった。光は一瞬。視覚が回復する前にレオは接近し、まず無表情の男の顔面を拳で殴った。牙のついたメリケンサックでの攻撃に無表情の男の頬は穴を開け、血をだらりと流した。


「見たところ造属性の魔術師だな。下級魔術が得意なのかな?」


わざと、誘うように艶やかにレオは首をかしげる。殴った。衝撃で倒れた無表情の男の頬に靴底を擦り付ける。封術師の少女が懐から短剣を取り出すとレオに襲いかかった。レオはその一撃目を避けたが、避けた先にあった矢に腕が刺さった。

先ほどの強烈な光でレオは襲い来る矢をすべて、粉々に壊し尽くしたはずだ。それなのに壊したばかりの矢がレオに刃を向けて獲物がやって来るのを待ち構えていた。無表情の男の頬に怪我を負わせたばかり。詠唱などすぐにはできなかったはずだ。


「っくそが」


悪態を漏らしてレオが矢を引き抜く。それを隙と見て封術師の少女が刃を携えてレオの首を狙った。レオの目の前で足を構え、勢いをつけて短剣を振るう。構えるその一瞬を逃さず、窓の外から鉛玉が封術師の少女の肩を突き抜けた。短剣が廊下に落下する。痛覚を感じる前に封術師の少女は後退した。


『すまん、外した』


鈴芽がリロードする。


「なっ、なに!? なんなの!?」


封術の詠唱で止血を済ませた封術師の少女は割れたガラス窓を見た。
むくりと起き上がる無表情の男。相変わらず頬から血が垂れるが、それ以外は平静を装っていた。


「落ち着いてください。相手は理想郷の者ではないのでしょう」

「う、うん」

「腕は動きませんか」

「左腕がやられても右が動く。私は戦える」

「そうですか。では、幻覚を見ている彼と彼女にトドメをお願いします。私はそこの、光を操る能力者を相手しましょう」

「おっけい」


痛みを患っているとは思えないほど余裕の見える会話だ。レオはその間にハンカチで応急処置を施した。背後にいるソラとイヨに目を向ける。それから迷いなく懐中電灯の明かりを封術師の少女に向けた。


「ZKA:CH:K」


その詠唱ののち、レオの光を遮るように壁が足元からのびてくる。遮られ、それでもなおレオは懐中電灯を動かさなかった。懐中電灯を向けられた壁はちょうど光の部分に丸く穴を開け、そして千を超える小さな穴を開けられて壁としての機能を失い崩れ落ちた。


「ちゃおっ」


横を封術師の少女がすり抜ける。レオが対応する前に無表情の男が再び矢を投げる。今度は多く、雨のような無数の矢が天井からレオに降り注いだ。レオがろうそくに手を伸ばし、懐中電灯を用いず光を強烈にしていく。無表情の男はまた詠唱。壊されたはずの先の数十の矢を再び組み合わせて構成。床から矢がレオを狙った。
その強烈な光はスコープを覗く鈴芽の照準を外す。サポートのない中、数秒だけ、一瞬だけ、レオのほうが遅れた。無表情の男が作り出す矢のほうが、封術師の少女が振るう短剣のほうが、速い。

しかし奇しくもその光は鈴芽の指を休めるだけでなく。それはまぶたを超えるほどの強烈な光であり――。


「助かった、レオ」


凛々しくその声主は引き金をひいた。
封術師の少女の右手が弾けた。多数の矢に棘が絡み付いた。
矢が光によって崩されるのはその一瞬あとのこと。レオはそのまま強烈な光の方向をすべて無表情の男に向ける。無表情の男が作り出した壁のように、男の全身には所構わず無数の穴が空き、一部は貫通し、体を言葉そのままに崩した。血を流すよりもはやく絶命した男を全員が黙視できたのは光の止んだ三秒後。封術師の少女は目をこれでもかというほど大きく丸くしていた。


「こ、の……、悪人め!」


その言葉を最期に、銃は封術師の少女の心臓を撃ち抜いた。
封術師の少女が倒れ、銃を下ろしたイヨは頭を抑える。幻覚から無理やり起こされたせいか頭が重いようだ。


「うむ、助かった。レオの光のおかげだな」

「こちらこそ。一晩かけてゆっくりとお礼したいくらい、ありがたかった」

「? ああ……?」


外的に無理やり起こされたせいか、イヨは頭を撫でたあと首を振った。
いまだ床に倒れたままのソラを起こす。しかしいくら揺さぶろうともソラは体を起こさない。息はしているが、微動だにしないのだ。


「……術者を殺せば幻覚は見ないはずだ。なんでソラは起きない?」


レオは眉間にシワを寄せて、イヨが殺した封術師の少女を見る。動脈に指をあてがって確認してみたが、やはり死んでいる。
まさかソラがこんなところで爆睡するとは思えない。起こしても起きないソラに嫌な予感が走った。
イヨは無線機に問い掛けてみた。


「幻覚を見ていたソラが起きないんだが……」

『――!』

「……ん?」

『ごめ――』

「白亜?」

『こ――襲わ――』


ノイズがする。何を言っているのか分からない。イヨに冷や汗が流れた。


「どうした、白亜! 鈴芽、応答してくれ! ルイト、聞こえるか!?」

『――襲撃を受けている――』


その言葉の刹那、ノイズが酷くなった。思わず耳から無線機を外す。
窓の向こう、森のなかで火の手が上がっているのが視界の端にうつった。


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