ミックス | ナノ


▼ 喧嘩

     

「だから、殺せばいいんだって!」

「そんなことしたら駄目だよ!!」



葵とさくらの物騒な会話に、近くにいた智雅とジャックは気になって顔を向けた。一番遠くにいた山田は煙草をふかして無言で視線だけ寄越した。



「どうしたの、二人とも」

「そうだ。サクラとアオイはいつも仲良さそうにしているというのに……」



智雅は焚き火に使う木の枝を抱えたまま、ジャックはテントを立てたまま驚いた表情をした。
花岸葵と仲田さくらはおなじトリップ体質ということ、同じ年代であること、同じく旅仲間に翻弄されることが多いため、とても仲が良い。この世界にトリップして出会ってからはや数週間。葵たちとさくらたちはどちらかが先にトリップするまで行動を共にしている。

こんなふうに喧嘩をするのは、智雅とジャック、そして山田が見るかぎり初めてだった。



「何? まさかこいつらを生かすっていうの?」

「そうだよ! この人たちはまだ私たちに何もしてないよ!?」

「なにかって、襲ってきたじゃない」

「でもこうしてジャックと智雅くんが防いでくれて、縛ってる。私たちは、ジャックと智雅くんも含めてこうして無事なんだから……。それに殺さなくてもいいでしょ」



原因は、ついさきほど一行を襲撃した山賊にあった。この寒い山のなかで、五人が一休みをしていたときだった。それぞれ刃物を持った年代のバラバラの三人の男たちが突然襲ってきたのだ。山田は当然、攻撃を避けるだけで反撃をしなかったが、智雅は葵とさくらを現場から逃がし、ジャックがほとんど一人で応戦した。結果、こうしてだれも血を流さなかった。しかし、拘束した山賊たちの処置に葵とさくらが口論しだしたのだ。



「これ、俺たちは口を出さない方が良いかも……」

「だな」



離れたところで智雅とジャックは声を潜める。その間にも葵とさくらの口論は続いた。捕まっている当の山賊たちは意識を失っており、地面に放り出されたままだった。


「私たちが傷付いていないから殺さない? なにそれ。そんな甘ったるい思考なんて考えられない。世界はいつでも理不尽なの。分かるでしょ? そんな思考じゃ生き残れない!」

「そんなことない! 勝手に決めつけないで! 殺してるばかりじゃ、それこそ生きることができないよ。人間として死んじゃう!」

「じゃあ私はとっくに死んでるね」


葵の目付きは冷たかった。しかしそれ以上に彼女の殺伐とした冷たい世界観の端を少し見たような気がして、さくらはどうにか救えないのかと思ってしまう。今の葵が絶望の末の姿であることは発言からなんとなく理解していた。あるいは、無意識のうちに。
葵とさくらの意見違いは彼女らの生き方を反映したものだ。葵の「襲ってきた敵は殺す」というのも、さくらの「敵であれ殺すのは過剰防衛だ」という意見も間違ってはいない。生きて帰せばまた襲われる可能性だってある。身の安全を確かに確保するためだ。しかしいくら敵であっても山賊には自分達と同じように大切な人がいる。彼らの人生を終わらせるには、彼らを愛する人を悲しませてしまう。

どちらも正義ではないだろうが、不義でもない。
正反対の意見は反発し、ぶつかる一方で収集がつかない。


「葵ちゃん、私……、今、酷いことを……」

「別にいいよ。こんなことで自分の意見を変える必要なんてない」


その日、葵とさくらは互いの意見を変化させることなく、それぞれのテントで眠ることとなった。捕虜の山賊は眠らない山田が見張ることとなった。しかし山田はただ酒と煙草を楽しみながら捕虜を眺めているだけだった。普段ならすでに山田に食い散らかされてしまっている捕虜が五体満足でいられるのは奇跡に等しい。さくらとジャックが葵たちの目の前に現れた偶然を感謝しなくてはならない。が、山田の鋭い目付きではそんな偶然を知るよしもない。


「腕の一本もダメだよ」

「良い子が起きている時間ではないな。小僧」

「俺が良い子に見えるの?」


捕虜の怯えきった表情を肴にする山田の前にテントから抜け出した智雅が姿を現し、ふてぶてしく山田のとなりに座った。その手にはなんと拳銃。捕虜がさらに怯える目の前で智雅は拳銃をくるくると危うげに手の上で回して遊ぶ。


「葵ちゃんとさくらちゃん、真逆の意見だったね。葵ちゃんがあんなにも誰かと喧嘩するとこなんて初めて見た」

「どうでもいいことだ」

「葵ちゃん、いつもつまんなそうな目をしてるからさ。俺すこし嬉しいんだよねー。葵ちゃんが人形みたいな目じゃなくて、人間の目をしていることが」

「世迷い言を」


智雅は甘える子供のように、あぐらをかく山田の足を枕にして寝転がった。山田は智雅を殺さんばかりに睨んだが智雅は知らんぷりだ。自分の額に銃口を当てて智雅は呟いた。


「面白いよね。葵ちゃんとさくらちゃん」


智雅の表情は子供の無邪気なそれとはまったく別のもの。真っ黒に笑っていた。蔑むようにも、親心のようにも、無邪気に喜ぶようにも聞こえる。


「あ、あの」


そこへ。そこへ智雅と山田が話していた中心人物だったさくらがこっそりと自身が寝ていたテントから抜け出して遠慮がちに話し掛けた。笑顔で「なーにー?」と聞く智雅と無視して酒を飲む山田に若干怯えた目をしたあと、さくらは目をそらした。


「私、葵ちゃんに悪いことを言ったかな……」


さくらはそんなことを智雅たちに相談した。
さくらは昼間に喧嘩した葵のことが気掛かりで眠ることができなかったのだった。もし自分が悪いのならば謝る。しかし自分に非があるとは思えない。葵と仲直りしたいのにどうすればいいのか分からずにいたのだった。


「そんなことないよ。さくらちゃん」


智雅の言う言葉は決して慰めるための嘘ではない。さくらは相変わらず不安そうな表情をしている。


「さくらちゃんは悪くない。謝ることもないよ。ま、だからと言って葵ちゃんが悪いとは思わないけどね。どっちかが悪いっていう喧嘩じゃないからさ。葵ちゃんもさくらちゃんも言い分は正しい」

「で、でも、このままじゃ、仲直りできないよ……。それじゃあずっと平行になっちゃう」

「どうにかしたいなら打開策を考えることが一番。そうでしょ? それは謝ることだけじゃないんじゃないかな」

「……?」


さくらは控えめに首を傾げた。どうしたら葵と仲直りできるのか分からない。捕縛した山賊を殺すなど言語道断。葵の意見に賛成することはできない。だからといってずっと喧嘩状態では居心地が悪い。またいつものように雑談して笑い合える関係に戻りたい。
いまのさくらは感情ばかりが進行してどうしたらいいのか打開策が分からないでいた。


「謝ること、以外の打開策?」

「きっと葵ちゃんもさくらちゃんと同じことを考えて悩んでるはずだよ」


智雅から直接どうしたらいいのか答えを聞くことはてきなかった。ただ、智雅はヒントを言う。
さくらは訳も分からないまま、その日はテントに戻ってジャックの隣で寝ることにした。さくらが寝る瞬間になってもテントの外からは智雅と山田が小さな声で雑談をしていた。

翌日の早朝。さくらはジャックに叩き起こされた。まだ日も昇りきっていない早朝である。テントの外に出ると、そこには複数の山賊と戦う葵と智雅の姿があった。テントに出てすぐ、ジャックも参戦する。


「ま、まさか、捕まえた山賊を助けに仲間が来たの……?」

「そうだよ!」


葵はさくらに襲い掛かる山賊を得意の格闘技で取り押さえ、容赦なく脊髄に手刀を食らわせた。さくらも慌ててナイフを構える。山賊を葬る葵とは違い、さくらは戦闘不能程度の攻撃をするだけだった。


「山田さんは?」

「テントのなかで朝っぱらからお酒! あの調子じゃあ昨日からずっと飲んでるよ……。うわっ」

「あぶない!」


葵へ不意打ちを仕掛けた山賊をさくらがねじ伏せる。
そしてまた、さくらを狙った山賊を葵が殺す。互いが互いを気にかけ、助け合う。智雅とジャックが功績のほとんどを持っていったが、少女二人は懸命に戦った。
山賊たちは早々に退却していき、死体のみが残った。さくらは死体ひとつひとつに丁寧に手を合わせる。涙さえ潤すほど。葵は智雅と共にその様子を遠くから見ていたが、智雅に軽く背中を押されてさくらの隣に行った。ジャックが見守るなか、さくらに言う。


「捕縛してた山賊、逃げられたみたい」

「そっか」

「あの、さ」

「なに……?」

「昨日は怒鳴ったり怒ったりしてごめん。でも、意見は変えるつもりはない」

「私こそ、死んでるなんて言ってごめんね。でも間違ってるとは思わないの」

「うん」

「葵ちゃんはそういう子。私はこういう子。これでいいんだよね。謝るんじゃなくて、認め合う」

「そうだね。私とさくらちゃんはそれぞれの答えを持ってる。それでいいんだよ。きっと。そしてもしかしたらまたこうやって意見がぶつかるかもしれない」

「そのときはまた、喧嘩しようよ! いっぱい意見を言って、いっぱい知ろうよ」

「ふふふ。名案」


葵は微笑む。さくらは笑う。


「あいつら、仲直りしたのか」

「おはようヤマダ。寝坊だぞ」

「やかましい雪太」

「ジャックだ」

「ふん」


酒臭い山田がテントから出てくる。ジャックと智雅は同時に顔を歪めた。山田に文句を言ってからジャックは満足した様子でさくらと葵を見つめる。それは笑うのではなく、微笑むのではなかったが、穏やかな表情だった。


「良い友達をもったな。サクラ」

   

- ナノ -