ミックス | ナノ


▼ 人見知り

      

もと居た世界で、さくらは同じ年代の異性と話をした経験が極端に少なかった。
異性が苦手というわけではない。ジャックや、自分にナイフを教えてくれた人は異性であったが、人見知りが発揮されることはなかった。しかし、今はどうだろう。


「そんなことする山田って酷いよねー、本当。人間沙汰じゃないよ。いや、まあ、山田って人間じゃないけどさー。葵ちゃんも俺もびっくりで。そのときは大変だったんだよ」

「へ、へー……」


13才になったばかりのさくらは、ほとんど同じ年頃だと思われる智雅に話し掛けられて緊張していた。異性という大きな壁がさくらの目の前に大きく立ち塞がる。ほとんど同年代と思われる葵とは何事もなく話せるというのに、異性になったとたん顔が強張ってしまう。

そんなさくらの苦手意識を、智雅は知っていた。それは見ればすぐ分かるほど明るさまであった。智雅ほどの観察力がなくても誰でも分かる。
実際、さくらの智雅に対する苦手意識というのは、葵にもジャックにも、人間に興味を抱かない山田にも知れ渡っていた。智雅がさくらにガンガン話し掛ける様を誰も助けたりはしないのだが。


「ジャックさんって、さくらちゃんが主なんでしょ? 助けないの?」

「面白いから助けない」

「ふーん」


ジャックは一緒に薪拾いをする葵とそんな短い会話を交わした。葵は自分のことを「冷たい人間」だと理解していないが、ジャックは少なくからず葵を冷たいと思っている。今も、同じトリップ体質をもつ友達のさくらに対して冷たい態度である。ジャックは葵をつまらない、と思いながら慌てて智雅に応答するさくらを眺めた。


「ところでさくらちゃんがトリップしたのはつい最近なの? なんか所々に不慣れが見えるんだけどなー」

「あっ、その、う、うん。ちゃんとトリップするのは、最近、かも……」

「ちゃんと?」

「え、えぇっとね、私、そ、それまでは……」


苦笑いをして、居心地が悪そうにキョロキョロと視線を泳がせるさくらを、智雅は一定した笑顔で見る。さくらは智雅の笑顔に圧倒されて、やはり視線を泳がすばかりだ。
言葉を詰まらせながら必死に智雅へ説明するさくらをジャックはニヤニヤと眺めている。滑稽だと、煙草を口につけながら山田は思った。


「へぇ、夢を通してトリップ……。なるほど」

「? なにか知ってたりするの?」

「いや? そういうわけじゃないよ。じゃあ、不馴れなさくらちゃんに、ひたすら旅をしまくる俺が、何か教えてあげよう!」

「えっ!? べ、別にいいよ……!」

「もー、遠慮しないで。葵ちゃんに憧れてるんでしょ? 葵ちゃんにいろんなことを叩き込んだ俺だよ。ほら、任せて」


智雅はさくらの背中に手を当て、グイグイと背中を押す。さくらはジャックに救いを求めようとしたが、ジャックは葵と雑談をしているようだった。運が良ければ山田が助けてくれるかも、と彼を見た。目が合った。さくらは必死に助けを求めたが、山田はたださくらと目を合わせるだけだ。そこにはさくらに対してただ無関心の色しかない。


「ちなみに、私が智雅くんに教えてもらったのは主に自己防衛術だから」


ぼそっと葵はため息と共に言った。
葵のことを冷たくつまらない人間だと思っていたジャックは、拗ねる葵を初めて人間らしいと思った。眉を寄せて拗ねる様はまるで普通の少女。ジャックは落胆する背中を向けるさくらに目を向けた。彼女は葵のこういうところを見ているのかもしれない。

そうして、薪拾いの作業に戻ろうとした。
しかしそれは妨害されてしまう。
突如、空から大量のカラスが降ってきたのだ。


「うひゃあっ!?」

「げっ」


さくらと智雅の声がした。ジャックがすぐに助けに行こうとする。しかし大量のカラスは、もちろん、さくらと智雅だけでなく、葵とジャックにも舞い降りてきたのだった。


「っ、なにこれ!」

「ぐ……」

「やっ、山田さん! ヘルプ!」


頭を守るように葵は腕を盾にして、容赦なく、雨のように降り注ぐカラスから身を守ろうとする。とっさに山田へ助けを求めたのだが、山田は「自分でなんとかしろ」と煙草を吸う。不思議と山田にはカラスが降り注いでいない。


「これ、死骸か?」


カラスが止みはじめたとき、ジャックはその正体を見抜いた。カラスが降らなくなってから葵が「……本当だ」と、ジャックの言葉に納得する。
ジャックが持ち上げるそれはカラスの死骸。足下一面が真っ黒になったが、それはすべてカラスの死骸ということになる。


「でもどうして……」

「サクラがいない!」

「え? ……あれ、智雅くんは?」


ジャックが慌て、葵は周囲を見渡す。さくらと智雅がいなくなっていた。黒い絨毯のうえには葵、ジャック、山田しかいない。ついさきほどまで目に見えるところにいた二人がいなくなっていた。
ジャックはおかしい、と神経を研ぎ澄ました。たしかにさくらの気配を近くに感じるのに、視界にはどこにもいないのだ。


「近くにいるような気がするんだけど……」


と、葵も不審に思う。
その頃、智雅とさくらは冷たく暗い所でそれぞれ呆れ、絶望していた。


「うっわ、なにこれ」

「ど、どうしよう……。ここ、土の中?」

「みたいだね」


智雅とさくらはカラスが降ってきたとき、唐突の土砂崩れに捲き込まれ、土の中に埋められてしまったのだ。同時に捲き込まれた木と智雅の異能が空間を作り、生き埋めになることはなかった。これは一重にさくらの幸運があったからだともいえる。


「カラスが降るなんて恐ろしいこともあるもんだよ。さくらちゃん大丈夫? 怪我はしてない?」

「擦り傷をちょっと。でも、智雅くんのお陰で大怪我しなくて済んだよ。ありがとう」

「擦り傷か。見せて。治すから」


真っ暗で光の届かない土のなかではハッキリと智雅の位置はわからない。智雅のほうは適応能力で難なくさくらを見ていられるが。さくらの第六感が働き、なんとなく怪我をした腕を差し出すと智雅の手がさくらの手を掴んだ。袖をそっと捲られ、大きなアザと手の甲の擦り傷が露出する。

異性である男の子に手を握られたことのないさくらは緊張で心臓がうるさかった。ジャックが相手ならこんなことないのにっ、とさくらは少し頬を膨らませた。
そこでさくらは智雅をジャックだと思い込むことにした。(目の前にいるのはジャック、目の前にいるのはジャック、目の前にいるのはジャック目の前にいるのはジャック)と何度も繰り返す。しかし不意に智雅に話し掛けられると集中は途切れてしまった。
ジャックとは違う髪の色、ジャックとは違う瞳、ジャックとは違う手、ジャックとは違う声……。
さくらの気付かぬうちに智雅の適応能力がかけられているせいで、智雅の姿がはっきりと見えることが仇となっている。


「足も怪我してるよ」

「えっ」


智雅がため息をついた。治療をしてくれるのはありがたいことなのだが、さくらの一刻も早く脱したい感情は高まる一方だった。


「さくらちゃん、さっきから俯いてるけどどうかした?」

「えっ、と、どうやってここから出られるかな、て……」

「んー、そうだなあ。葵ちゃんが山田を上手く説得できてるといいんだけど。ジャックはどうなの?」

「ど、どうって?」

「助けてくれそう?」

「うーん……。どうだろう。助けてくれるときと助けてくれないときがあるから……。あ、あの、もし誰も助けてくれないで、このままだったら……、どうなるの?」

「俺とさくらちゃんが一緒にトリップするかも!」

「えっ!?」

「なに、俺は嫌? ジャックのほうがいい?」

「そ、そういう意味じゃ……」

「まあ俺も葵ちゃんの方が良いけどね」

「……えー」


煽られてから落とされた。さくらは肩を落とす。智雅はいたずらっぽく笑っていた。
積極的に話を振ってくる智雅へ一生懸命になって会話をするさくら。そのうち慣れてくるようになり、初めよりいくぶんか楽になったな、と気が付く頃には葵、ジャック、山田の救出によって助け出されていた。ジャックの氷では土を掘ることに適していないのだが、山神でもある山田は目を向けるだけで土が退く。


「うっ、眩しい」

「おー! やっぱ外はいいねー!」


助け出されたさくらと智雅は第一声にそれを言う。
「山田によく頼めたねー?」「ちょっと苦労したよ。でも交渉したから大丈夫」「交渉? 葵ちゃんは山田とどんな交渉をしたの?」「智雅くんが処女を用意するから、さくらちゃんと智雅くんを助けてって」「葵ちゃんエグい」などと智雅と葵が会話をするわきで、さくらはジャックにしがみついた。心地よいほど慣れているジャックが懐かしい。山田は「嫌われてるな、金髪」と智雅を嘲笑したが智雅は「楽しかったけどなー」と口を尖らせていた。


「ねっ、さくらちゃん!」

「っへ?」


智雅が突然話を振るのでさくらは驚く。
智雅に慣れるにはまだまだ時間がかかりそうだった。
    

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