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▼ 掃除屋さん

  

俺は、掃除をすることが好きだ。
汚いものが俺の手で綺麗に美しくなる。爽快感や達成感が込み上げてきて、俺は小さい頃から掃除が好きで好きで仕方がなかった。およそ掃除と呼べるものならなんでも好きだ。爽快感や達成感を味わえるのならば。

そんな俺は定期的に人殺しをする殺人鬼となった。

どうして掃除好きが殺人鬼になるのか。簡単な話だ。
人類は繁栄を極め、増え続けている。生態系への大きなバランス変化を生み出しているのは人間。自然を壊しているのも人間。ゴミを大量に排出するのも人間。人間は生きているだけで悪循環しか生まない。世界の邪魔だ。減らすべきなのだ。人類なんてバカみたいな生き物は存在するべきではない。
ああ、あっちにも、こっちにも、そっちにもいる。気持ち悪っ。うぇっ。ペッペ。

よって、俺は殺す。地下鉄に毒を放り込んだり、ビルを爆破させるのもよくやるが、俺は人を殺していくうちに目の前で一つの「掃除」をすることの楽しさを見いだしてしまっている。
経死、焼死、水死、窒死、墜死、溺死、凍死、毒死、爆死、轢死……。掃除のやり方はたくさんある。

人を一挙に大掃除する日もあれば、一人一人掃除する日もある。また、つまり俺の気分と言うわけだ。

……さて。ここまでの長い前置きもとい回想を始めるほど、今の俺は混乱していることがある。そう、改めて再確認をしていたのだ。俺は確かに掃除好きなのだ。町に落ちているゴミは拾い尽くしてゴミ箱に入れないと気が済まないし、整理整頓がなされていないとイライラしてくる。
昨晩も俺は掃除をした。確かに、人を掃除したのだ。ああ、よく覚えている。真夜中に一人で歩いている若い女がいたから掃除したのだ。まさに掃除をしてくれと言わんばかりに俺の前に現れたから窒死させてやった。息が途絶える感覚も酸素を求める彼女も俺は知っている。覚えている。細い喉から醜い声をあげて、弱々しい手が俺の手をつかんで絶命した。彼女は絶命したはずなのだ。何度だって確認している。


「あらら、こんにちは。昨夜はどうもお世話になりました」


彼女は目の前にいる。黒髪の俺とは反対の薄い色素の髪を艶やかに煌めかせていた。病弱を思わせる白い肌と優しい笑顔が儚くて人を魅せる。

――生きている……?

なぜ。
イライラする。
どうして。
イライラする。
掃除したはずなのに!
イライラする。
綺麗に掃除したのに!
イライラする!


「なっ、お前! なんでこんなところにいるんだ!」

「?」


彼女は首を傾げた。首はやはり細い。露出された真っ白な首へとっさに手を伸ばそうとしたが、ここが昼間の公園であることを思いだして手を引く。
彼女は怒鳴った俺がわからないようで、困っているみたいだ。

俺は出会って累計しても三十分に満たない彼女の手を引いて人気のない暗い木陰に誘い込み、振り返り様にナイフで刺殺した。彼女がまた醜い声をあげる。この声は二回目だ。とにかく内臓をぐちゃぐちゃにして再起不能にした。すべてが終わったあと、動脈血が動いていないことを確認する。
ちゃんと掃除した。
スッキリ。


次の日、彼女に遭遇した。掃除した。
その次の日も彼女に遭遇した。また遭遇した。
その次の日も、次の日も、次の日も、毎日のように彼女に遭遇した。そしてその度に掃除した。
遭遇する度に掃除をし、彼女と再開する。ふざけんな。イライラする。どうして掃除できない!

彼女と接触時間が累計一日分になったころ、やっと彼女が掃除に関して疑問を感じたらしい。


「ねえ、どうして私を殺すの?」


今さら。


「イライラするから」


今日こそ掃除してやる。


「でも私たち、互いの名前も知らないのよ。どうしてイライラするの?」

「掃除できないからだよ」

「掃除?」

「世界のゴミである人間を殺すことが掃除。俺はお前を掃除できないから腹が立ってる」

「当たり前だよ。私を殺せなくて当然。だって私、不老不死なんだもの」


彼女はそう言って目の前で絶命してみせた。俺はとりあえず、彼女をバラバラにして埋めたり沈めたりした。
やはり彼女は次の日、俺の前に現れた。なんてことだ。しかしこの程度では諦められない。負けじと掃除し続けた。やがて彼女は言った。


「あなたの極端な考え方、面白くて好き。友達にならないかな」

「お前が死んだら友達になってやる」

「そうイライラしないで」

「じゃあ死ね。掃除されろ」

「掃除されたら友達になれないよ」

「絶命しろバーカ」

「掃除されないから諦めて友達になろう?」

「ホウキで掃かれろ」

「どうしてもだめ?」

「掃除機に吸われろ」

「あなた友達いる?」

「雑巾に拭かれろよ」

「じゃあ私が友達一号ね!」

「勝手に友達にすんな。埃に生まれ変われ。話はそれからだ」




やがて彼女は、とうとう死んだ。
不老不死がなんだったのか。彼女の明確な正体は最後までわからなかった。彼女は俺の手で窒死した。
いつまでたっても動かない彼女のからだを、すこし寂しく思った。それから俺は彼女の周りを掃除している間に捕まった。もちろん警察だ。呆気ないくらい簡単に逮捕。まあ、裁判に多少の時間はかかったが、俺は死刑になった。絞首刑だ。
首に縄がとおる時、ふと思った。首を絞めることで息が出来なくて死んでしまう死刑なんだから、これは彼女の窒死に近いのでは、と。ああ、彼女は死んでいなかったのか。俺の中でまだ生きていたのか。
早く掃除しなければ。不老不死だった友を――。

   

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