▼ 逃走中パロ
「さ、三人ですか!?」
「シドレ、声」
「あ……すみません」
逃走者は残り三人となった。シドレ、イヨ、鈴芽の三人だ。異能、能力者である三人はそれらの開放により有利となったのだが、不安はある。異能、能力の開放した直後に三人も捕まったのだ。そのときたまたま合流した三人は捕獲のメールに驚きを隠せない。
「さっき追加されたハンターが原因かもな……」
「その可能性が高い。ハンターは私たちより多いし、開放されたからといって気は抜けないな」
「ああ、お金が欲しいです。男性同士が深く絡む薄い本が……ほしい……!」
「ん? シドレって男性恐怖症じゃないのか? なんだ? その薄い本って」
「止めろ鈴芽。それを聞くと後悔する。それよりもどうするんだ? 私は『棘』で相手を拘束したりできるし、シドレは重力で張り付けにできるが、鈴芽は……」
「イヨさん、提案があります。私たち三人がここでこうして遭遇したのもなにかの縁です。手を組みませんか? そのほうが効率的ですし、力を合わせたら乗り切れると思いませんか?」
「俺としちゃあ、それは助かるけど……。その前にひとつ条件だ。ハンターに捕まりそうになったら誰にもかまわず逃げることだ」
「そうだな。集団になるぶん、見つかりやすくもなる。ここで仲間をかまっていれば全滅だ。最悪の場合はそうするべきだな」
「ええ、そうですね」
シドレは頷いた。こうして三人は一時的に手を組むことになった。
三人は同じ場所に固まっていては危ないと判断し、隠れ場所を変えることにした。ゲーム終了まであと15分。それまで捕まらなければいいのだ。
――――――――
「あのー」
山田とジャックの前にソラと蒼がいた。二人は山田とジャックをそれぞれ呼び出し、そして目の前に立たせていた。山田は煙草を吸い、ジャックはなにが面白いのかニヤニヤと笑いっぱなしだ。自由奔放な彼らを見上げた状態でソラは続けた。
「ハンターは走って追い掛けるのがルールで、刃物投げたり逃走者をいじめたりしないでほしいんですけど」
「ってルイトが言ってたッス」
ルイト本人は現在、ハンターの仕事の真っ最中でこの場にいない。実質、出撃しているハンターはルイトのみという状況だった。
「知るか」
「俺はサクラを走って追いかけたぞ?」
「つーか、相手は異能だか能力だかを使えるんだろ? なんで俺は使っちゃいけねえんだ? お前ら人間が大好きな平等の意に反するだろうが」
鋭い目付きで山田は見下す。平等の話には蒼がピクリと反応する。山田のバカにした言葉に能力者は殺気を表そうとして、そして……。
「あ、メール」
音のなる端末機をジャックが取り出した。ジャックだけでなく、この場にいるソラと蒼の端末機も鳴っていた。中を確認してみると全員同じ内容だった。はやくハンターの仕事をしろ、とのことだ。蒼が忌々しげに顔を反らす。
「まあ、とにかくこっちは五人で、あっちは三人。ハンデだと思ってくれません? 協調性をもってほしいですよ、山田さん」
「協調性? てめぇの口からそんな言葉が出るとはな。自分の胸に手を当ててよく考えてみることだ」
「……。オレはとにかく、と言いました」
「ふん。可愛くねえガキだな。どうせ俺はもうこんなごっこ遊びはやらねえ。無駄な時間だったな」
煙草の煙と毒を吐き捨てながら山田は背を向けると、その場から消えてしまった。ソラの隣で、蒼が先程までのことを忘れようとしているように頭を振っていた。
まったく協調性のない山田とは違い、ジャックはこの高度な鬼ごっこを楽しんでいる様子で、「ハンデも悪くはないなあ」と言って立ち去った。ソラは蒼の肩を叩く。
「大丈夫ッス。気分は切り替えたッスよ」
「それならいいけど」
「さあーて! あと三人! 気合い入れるッスよー!!」
――――――――
残り10分。
先頭をシドレが進み、その後ろをイヨ、鈴芽が続いた。シドレは男性恐怖症ゆえ、鈴芽には近付きたくないと、離れた位置を取っていた。
「エリアが都市というのはどうも……。まともに姿を隠せるところがない」
「はい。どんどん捕まっていったのはそのせいでしょうか」
「あとは、まあ、ハンターにも原因はありそうだけどな」
ひそひそ。腰を低くして進み、ピタリとシドレが止まった。シドレの視線の先には山田だ。山田はシドレたちに気付いた様子もなく、そのまま通り過ぎていく。
「見たことがない奴だな……。追加されたほうのハンターか?」
「たぶんな」
鈴芽とイヨが建物の角から覗く。鈴芽から離れるという意味も込めてシドレは周囲の警戒をしていた。
そして、すぐにハンターの気配を感じる。
異能者以上に敏感な能力者もすぐにハンターの気配を探知した。
「誰か来ているな。一人か。鈴芽、さっき確認したハンターはどうした?」
「何事もなく通り過ぎて行った。来る気配はないな」
「でしたら私が壁を作りますね」
はじめ、シドレの言うことが分からなかったが、一秒後にはそれが理解できた。
重力操作を器用に使い、シドレは地面を持ち上げるとそれをバランスよく壁のように建てたのだ。その器用さ、壁の向こう側に現れたハンターが「なんスかこれ!?」と騒いだ。
「おぉ、三人纏まってるのは楽だ」
「っソラ!?」
建物に貼り付けられた大きな看板の上にソラが立っていた。つい驚いて鈴芽が声をあげる。ソラは本業が暗殺であるために気配を消すのは朝飯前だ。それにすぐに対応したのはイヨ。イヨは「棘」を使ってソラを拘束する。ソラが動けなくなったところを三人は逃げた。
その場から逃げている最中、正面の曲がり角からジャックが現れ、戦闘を走っていた鈴芽が激突。まるでぶつかることを測っていたかのような登場は誰にも予期せぬことで、鈴芽は捕まってしまった。
「大丈夫か、鈴芽……」
「そんなことより逃げろ!」
「すみません、鈴芽さん!」
シドレは頭を下げて謝り、イヨがシドレの背中を押してすかさず逃げた。
シドレは仲間を一人失ったことを悔やみつつ、自分とイヨにかかる重力を軽減させた。驚くほど速くなり、イヨはやはり驚いていた。
「あ」
前方を歩いていたルイトがシドレとイヨを発見。端末機を片手に持っていた。
「まずいです、イヨさん! ハンターたち連携してますよ!」
「そんなの有りなのか!?」
「……駄目だとルールに書いてませんでしたからね」
「うまい具合にズル賢いな」
「ええ……本当に」
シドレはイヨの手をつかんでふわりと宙を浮いた。今度は無重力だ。そのうえ前方に重力をかけて、宙を浮いたまま進むことが出来た。イヨはシドレの異能の多様性に驚いた。重力操作にも工夫次第でどうにでもなるらしい。
ルイトから離れたところで着地をし、ふたたび重力を軽減させた状態で走り出す。
「さっきは良くもやってくれたッスねー!」
そんな声が、思いもよらない所から現れた。下だ。マンホールを開けて出てきた。しかもちょうどイヨとシドレの間。驚いてシドレは飛び退き、壁を地面にして張り付いた。
「ち、ちち、ちっ、ちか、近付かないでください! 男性なんて、男性なんて……!」
「シドレ、落ち着け!」
「だ、だめ、近かった、今、物凄く近かったです! 早くあっち行ってください!」
蒼は自分がハンターであることを忘れてイヨに「どうしたらいいッスか、これ……」と聞いている。その間にもシドレは喚く。――その声がハンターを呼んでいると知らずに。
「蒼がだめなら『私』はどうかな?」
髪を下ろしたソラが、窓を蹴破ってシドレの手に触れた。それはもう、優しく。男性が女性をエスコートするように。根っから男気のあるソラの容姿は、今、いつも以上に中性的だ。髪型しか変えていないのだが、ソラが男装少女だと知る一部の人ならわずかに男装を解いていることに気付くだろう。
こうして、正常な判断が出来なくなったシドレはソラの手に寄って捕まった。
ついに、逃走者は一人となってしまった。
「ッ」
イヨは蒼を拘束して瞬発力を弾けさせた。その場からすぐに逃亡。制限時間は残り5分のことだった。
「逃げた! 東方だ!」
ソラが叫ぶ。
それを聞いたのはジャック。さきほど鈴芽を捕まえたジャックだ。
「ハハッ、見つけた見つけた!」
「っく」
イヨがジャックに気をとられている隙に、背後からルイトが近付いてきたが、イヨはその手を回避。二人に棘を絡ませ、逃げようとした。――しかし、一歩足を踏み出そうとしたその足がなにかに躓いた。それは石ころではない。それは氷でもない。なにか固いものであることは確かだったが、それがなんなのか確認する前にそれは消え、イヨは捕まっていた。
ゲーム終了まで残り数分のところだった。
――――――――
「ぶつかった? それで捕まったあ? 鈴芽って本当にバカなの?」
「うっさい、ソラ」
「バーカ、バーカ」
檻の中にまとめられた逃走者の一人をハンターのソラがバカにする。檻のなかは賑やか。さくらはいまだに疲労しきった表情をしており、葵が慰めていて、智雅は弥生に興味をもって話し掛けていた。檻の中の紅とハンターの蒼が雑談。中でシドレはアイとワールを叱っていた。
そんな彼らとは逸脱して、イヨはルイトと話す。
「あのとき私は躓いたのだが、なにに躓いたのかわからないんだ。ルイトはなにか分かるか?」
「いや、俺も見えなかった。一瞬だったから見間違えたのかと思ったんだけど」
「あれは石だったか? ずれたレンガだったのか?」
「違う。ただ、銅みたいだった」
「……銅?」
「ああ。もしかしたら……」
酒を注ぐ山田にルイトとイヨの目線が集まる。山田は地面であぐらをかいて、そこで酒を飲んでいた。水のように次から次へと酒を飲む山田。今、さくらを茶化しているジャックがなにかしたのだろうかとイヨは怪しんだが、ルイトは真っ先に彼を見たのだ。
「あいつ、何を考えてんのか俺わかんねえ」
「私もだ。……しかし、世界は広いのだな。まだ訳のわからないことがたくさんある」
「この遊びでそれを実感するのか」
「どんな些細なものでも発見するのは楽しいぞ?」
くすくす、とイヨは笑った。そうか、とルイトは檻に背を預ける。
檻のなかは賑やかだ。