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▼ 逃走中パロ

 

30分が経過し、ハンターが二人追加された。逃走者はのこり六人。ハンターは五人。状況は良くない。
本当に――いや、本当に本当に、よろしくない。



「山田さんがいないと思ったら……!」



葵はため息が尽きない。尽きることなどできるはずがない。隣にいる智雅も、呆れた様にこめかみに指を当てて首を振っていた。

葵と智雅のもう一人の旅仲間――人間の肉体に封印された人間ではないもの。山田。その山田がハンターだった。普段着ている着物とは違い、真っ黒なスーツを纏っていた。そしていつも通り煙草を吸いながらエリア内を歩いていた。
現在、葵と智雅は建物に這うように連なる螺旋階段の一番上に立っている。逃げ場はなくなるが、見つからなければいい隠れ家でもあるし、エリア内を見渡すことができる。一方通行という不安は拭えないものの、それは運によることが大きいだろう。



「まさかハンターだったとはねー。でも煙草ふかしながら歩いてていいわけ?」

「……まあ、山田さんだから……」

「とりあえず俺たちは異能禁止の枷さえ外れれば勝ちはほぼ確定かな」

「そうだね。智雅くんの異能さえあれば問題ないだろうし」



智雅は葵に手すりには近寄らないよう注意したあと、下で響いた悲鳴に気付いた。葵もふと気になり、下を眺める。
そこにはさくらが、本来は相方であるはずの怪物――ジャックに追い回される姿があった。ジャックはさくらには追い付かないように距離を一定に保ち、さくらを遊んでいる。さくらにとってこの上ない不幸が降りかかっていた。息をするのも困難に思えるほど走り疲れ、ヘトヘトなのに止まったら捕まる。生き地獄の真っ最中であった。



「さくらちゃん大変そうだね」

「友達に対してそんな感想しかでない葵ちゃんが面白いよ、本当」



下を覗き込んだあと葵はすぐに引っ込み、第六感を研ぎ澄ました状態で「それにしても」と智雅の言葉に話題を広げず塞き止めた。



「二人目はジャックさんだったんだね」

「そうだね。ある意味では最悪かな。山田にいたってはルール知らないでしょ」

「知ってても無視しそうだけど……」

「一個の世界を崩壊させたようなラスボスにルールなんて効かないって」

「そうなると私たちが捕まるのも時間の問題になりそうだよね……。異能解放の前に」

「……誰かがちゃんと山田にルールを教え込んだよ、きっと。ルイトとかさ」

「ルイト?」

「あれ、覚えてない? あの金髪で黒いヘッドフォンつけたお兄さん」

「あー、いたような……」

「あいつ面倒見よさそうだったじゃん。蒼って子とソラって子の面倒をずっと一人で見てたんだよ」

「智雅くん、それ……いつ、どこで見たの?」

「まあまあ」



――――――――



もう……やだ……。誰か私を楽にして……。

それを口にすることができなくなるほど、さくらは弱りきっていた。
ジャックに見つかった時点で全てのおわりだった。
ジャックに見つかった時点で地獄が始まっていた。
地面を踏み、蹴る感覚も、腕を振っている感覚も、全身に吹く風も、この体は自身の意識と別離したかのように鈍っていた。

後ろには一定の距離を保ちながら追ってくるジャックが「サクラー」と元気よく追いかけてくる。
走るのを止めれば捕まる。捕まってはこのゲームに参加した意味がない。さくらが逃げる最中にほかの逃走者とすれ違ったように思えたが、ジャックは他に目もくれない。また、逃走者だけでなくハンターともすれ違ったが、彼らはジャックのあまりに無垢な走り様に手出しなどしなかった。



(だめ、もう走れない……、限界……っ)



さくらの走る速さはもはや徒歩と同じスピードか、それ以下にまでなっていた。さすがのジャックも、そろそろ捕まえて楽にさせてあげようかと思った。しかしその直前で、さくらの持っていた端末機が音を鳴らした。40分になったのだ。

――つまり、先ほど手にした得物が使える!

さくらは水鉄砲のようなそれを取り出すと、急いでジャックへ向けた。そしてプラスチック製のそれの引き金を引く。



「っ!?」



ジャックは驚いた。まさか反抗されるとは思ってもみなかった。いや、その可能性はあった。単に油断していたのだ。水鉄砲のようなそれから発せられたのは、水などではなく、なんと、特殊な炎だった。
その炎はただの炎ではなく、異能の籠ったものだった。それが魔術なのか召喚術なのか、知識のない者には分からないしどちらでも構わないもの。その炎はまとわりつくようにジャックのまわりを回った。五感を麻痺させ、しかもただでは消えない。時間差で炎が消えたときにはすでにさくらはいなかった。
対ハンター用の名は伊達ではない。



「してやられたー」



ジャックは散策を始めた。気を取り直すのは早く、逃走者を捜しはじめる。



――――――――



「智雅くん!!」



葵が叫んだ。智雅は舌打ちをして、葵の手を引くと螺旋階段を一気に登り出す。下からハンターが登ってきたのだ。



「うわ、蒼だ。葵ちゃん、異能の許可でてる?」

「出てるよ!」

「よっしゃ、なら適応能力で――、ッ!」



智雅がいざ異能を使用しようとした瞬間、彼らの真横に何かが突き刺さった。智雅が葵を押し倒すようにして回避させたため当たることはなかったが、もし智雅が葵に回避させなければ眉間に何かが刺さって死んでしまうところだった。その何かが何なのか、確認のために葵と智雅はそこに視線を寄せた。なんと、そこには剣が。剣というより、刀であるが、刀身だけの、投擲のためだけに生成されたそれは、二人にとって非常に見覚えのあるものだった。



「まさか山田さん!?」

「日本の神はなにもしないんでしょ、なんで山田がハンターやってるの!? ていうか走って追い掛ける以外基本的には禁止でしょ!」



葵と智雅が手すりから身を乗り出して下にいる山田に投げ掛けたが山田は無視。その上、また新たに刀身を投擲しようとしている。



「みつけたっすよー!」



下から蒼の元気よい声。逃げ場のない挟み撃ちだ。



「葵ちゃん! 葵ちゃんだけでも――」



もう間近に蒼が迫っていた。智雅が葵だけを逃がそうとしたが、葵に突き放され、そして手すりから落下した。葵のごめんね、と動く口だけ確認できた。そのまま葵は蒼に大人しく捕まったのだった。



「葵ちゃん……」



智雅は不老不死の異能で落下してもその衝撃を殺すことが出来た。そして、目の前には山田。旅仲間の呆気ない裏切りには智雅も、ある意味感心させられる。
ジャックに奇襲されるならまだ理解できても、山田では――いや、彼は世界を崩壊させるほどの存在だ。裏切りも簡単に行いそうなものだった。



「異能は使わせねえぞ」

「っ、てかなんで山田はハンターやってんの?」

「報酬が酒だからに決まってんだろクソガキ」

「……ああ……」



智雅の納得を合図に山田の猛攻だ。それらを容易に避けながら智雅は葵の無念を晴らそうと、賢明に逃げる。いや、ここは賢明になりすぎた。山田の生成する大量の刃物から逃げることばかりに集中しすぎたのだ。



「今だ、雪朗! クソガキを氷漬けにしろ!」

「ッ!? ジャック!?」

「嘘だ、坊主」



山田の手がまるで蝮の毒牙のように、智雅の頭に触れた。



――――――――



「葵ちゃんと智雅くんが……」



ふたりの捕獲をメールで知ったさくらは大きな衝撃を受けていた。みだれる呼吸をいまだに整え、物影に身を寄せる。よく見知ったふたりであるためこのメールは衝撃だった。



「っつ」



疲労で疲れきった足はこれ以上走れない。さくらの運がどちらに転ぶか。さくら自身もわからないそれに、身を縮ませた。祈るように物影に自分を押し込む。見つかりませんように、と祈った。いざというときはこの目眩ましの拳銃で――。



「ほう」

「サクラ見つけたー」



!? なんで!?
さくらの表情がそう言っていたが、彼女をみつけた山田とジャックはその答えが分からないさくらが分からなかった。



「お前と雪太は契約してるんだろ? だったら位置が割れるのは当たり前だろ」



山田が煙草の煙を吐く。ジャックが笑っている。
さくらは怯えた。

そして、逃走者の端末機にまたメールが送信されたのだった。

   

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