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▼ トリップ組

 


葵、智雅、山田の三人がその世界に到着したのは、ちょうど一週間前になる。
葵の世界に比べて文化は発展途上である田舎の町だが、普通に生活するには申し分のない世界だった。あまりにも小さな町であるため宿はなく、近くの森のなかで野宿をする葵たちには今、一つの問題が浮上していた。



「……そろそろ腹が減ってきたな」



山田の食事のことだ。山田は人間を食べて腹を満たす。暫く人間を口にしていない山田はその腹に空腹を感じていたのだった。



「んー、まあ、夜だし……。私たちだけ先に食べちゃったのは申し訳ないし……。じゃ、いつも通り」

「完全犯罪だね」



葵と智雅、そして山田は協力して山田の捕食に付き合う。三人の「いつも通り」が始まった。まず山田本人が獲物を獲得する。その獲物を葵と智雅がチェックして、山田が食べるというものだ。まあ、大抵はチェックせず山田が独断で食べてしまうのだが。
森のなか、山田は一度葵たちから離れることとなった。その間に葵と智雅は獲物の準備をする。準備といっても、獲物が暴れないように葵が縛るだけ。なにを仕掛けられても不死である智雅がボディチェックするだけ。



「きゃっ」


待つこと数十分。
少女の短い悲鳴が、縄の様子を伺っていた葵と智雅の耳に届いた。視線を向けると、そこには葵や智雅の外見と同じ年代の少女が驚いた表情を浮かべて硬直していた。彼女を見下ろすように山田は無言で眺めたあと、智雅にクイッと顎を動かした。ボディチェックしろという意味だろう。
智雅は元気よく返事をして少女に近寄った。



「ごめんねー。とりあえず、危ないもの持ってないか調べさせてね!」

「えっ」



茶色のお下げが震えた。セーラー服に似た制服を着た少女に、すでにこの場の全員は疑問と明確な違和感を持ち合わせていた。この世界の人間は学生制服が配布できるほどの文化レベルではない。そもそもセーラー服とは日本独特の学生制服である。この世界は西洋寄りの文化でっあった。
葵と山田よりも敏感に少女の異変に気付きながら智雅は少女のボディチェックをした。無遠慮に、しかし相手が女性であるためか優しい手つきで身体に触れる。すると一点で手を止めた。服の中に手を滑り込ませる。そこには隠しポケットがあったのだ。その中から取り出したものは、葵も見馴れた物体だった。



「だめだよー! ナイフとか、こんな危ないの持ってたら! 山田が傷ついたら困るの俺らなんだから!」

「あなた達の方が危ないような気が……」



智雅は屈託ない笑顔で告げると、そのナイフを自分のポケットにしまってしまった。少女の表情が暗くなる。次に葵が縄を手に少女の後ろに座り込んだ。



「じゃ、縛るね。痛いよ」

「痛いの!? ……まだここに来て三日しか経ってないのに」



智雅がピク、と反応を示した。その目から、先ほどまでの楽しそうな光は消え、どこか探るようだった。その目に誰も気付かず、山田が「なぁ。もう喰っていいか?」と催促した。



「うん、もう縛ったし、ナイフも没収したし。構わないよ。どうぞ、山田さん」



少女は絶望的な表情をした。指先の震えが葵にもよく見える。これから自分がどうなるのか、どう扱われて死ぬのか。一寸先の未来がその脳裏に浮かぶ。
山田が智雅の肩を押して少女の前から退かすと、代わりに自分が前に立った。



「私、本当に美味しくないのに……」



そう言う少女に、山田は非情な宣告をする。



「もう遅ぇよ」



彼の低い、低い声はまるで地獄の地響きのようだった。少女を押さえ付け、山田はその空腹を満たそうと――。



「っ、……ジャック……来て……!」



少女が何か呟いた。しかしその声は、言葉は小さくハッキリとは聞こえない。その声を認識するよりも速く、葵がその鋭い第六感で感じた嫌な予感ですぐに山田に退くよう告げようとしたが、遅かった。



「全く、せっかく水浴びしたところなのに」



この場にいない知らない人物の声。
四人以外に人はいないはずなのに五人目の声。
その声主は少女を押さえ付けていた山田の腕を強く掴んでいた。それからその腕はどこから伸びるのか、視線でなぞる。なんと、その腕はいつの間にか現れた人物のもので、しかも、その人物は少女の影から現れていた。上半身のみを、現し、たしかに存在していた。
山田は腕を掴まれ、舌打ち混じりに「冷たい」と呟いて少し距離をとった。その間に新たな人物は少女の影から出て、雑草を踏んだ。彼の登場に、少女は喜んで、ぱあっと顔を明るくした。



「ジャックー! 怖かったー! 食べられるところだったよー!」

「これは奥の手だと言っただろう。もう少し危なくなってから使え。つまらん」

「充分危なかったよ!!」

「俺の主はよく捕まる。……さぁ、サクラよ。お前を拐って喰おうとしたこいつ等をどうする?凍らせていいか?」

「え、えっと……」

「ねぇ!」



少女と新たな人物の会話に葵たちはついていけなかった。そもそもこの新たな人物とはなんなのだ、少女は何者なのか。驚愕を表すなか、真っ先に我に返ったのは智雅だった。智雅は新たな人物が発する敵意や殺気など一切気にすることなく話し掛ける。



「さっき、ここに来て三日しかとか言ってたよね?」

「う、うん」



動揺する少女にお構い無く続ける。一瞬、少女の後ろにいたままの葵を視界に入れてから改めて伺った。



「もしかして、トリップ体質……みたいなものとか?」



葵が智雅と山田の間に戻る最中、智雅は直球で少女の体質を見抜いてしまった。少女は自身の体質を見抜かれて驚き、つい声を大きくする。



「そうだよ!! え、どうして解ったの!?」



智雅があまりにも的確であったため、少女は目を丸くした。隣にいる新たな人物も結構驚いてる。そのまま智雅は葵に嬉々として「お友達だよ!」笑顔で笑いかけた。それには葵も少女も気まずくした。しかしそんな空気など智雅は気にも止めない。



「葵ちゃん! 同じトリップ体質の子だよ! 友達だよ!」

「いや……友達じゃないよ? 智雅くん」



はっきりと葵は断ったが、それでも智雅は満面の笑顔を隠さない。智雅の様子に葵は開いた口が塞がらなくなった。山田は煙草に火をつけて、会話に参加などしていない。



「サクラ、この女もトリップ体質だそうだ。仲良くしてもいいと思うぞ?」

「ジャックまで……」



新たな人物も智雅と同じように反応し、少女は困惑する。
山田は眉間にシワを寄せていた。その山田に智雅が勢いよく振り返る。



「ってことで山田! この子食べちゃだめだよ!」

「チッ。……別を捜してくる」



山田は明らかに嫌そうな表情をして舌打ちした。しかし今回は珍しく物分かりがよくて智雅に言われた通りにしたあと、踵を返してその場から立ち去った。



「さっきはごめんね! 縛ったりして!」

「怖かったけど、もう何もしないなら……だ、大丈夫だよ……。えっと、私、さくらって名前だよ。彼はジャック」

「俺は智雅! この子は葵ちゃんね! 君と同じトリップ体質なんだよ。で、背が高い人は山田」

「よろしくお願いします……?」



自己紹介を一通り済ませたあと、葵と智雅は山田がなぜさくらを拐ったのか、その身の上を晒した。山田が神であり、その食事方法は生きている人間を口にすることであったり、葵がトリップ体質で智雅と山田は訳あって彼女について旅をしているのだとか。それに対してさくらも身の上を話した。ジャックが怪物であること。そしてジャックがさくらの契約下にいることを。
その結果、同じ体質である葵とさくらは互いの苦労を称えあい、共有した。

そうしている間に、山田はべつの少女を抱えて戻ってきた。十代後半のブロンドの髪を、みずみずしい白い頬を涙で濡らしていた。白い肌には目立ってしまうアザが見え隠れする。



「そろそろ山田が帰って……あ、きた」



さくらが振り向くと少女を抱えた山田を視界に入れて顔を真っ青にした。ジャックはどこか顔をニヤニヤさせている。いつものことだと表情に変化のない葵と智雅の傍ら、ジャックは拳を握った。



「えっと……、ぐぇっ!」


ジャックはさくらの頭を殴った。鈍い音をならし、続いてさくらは意識を失った。葵はまた驚く。少女の心臓を踏みつけながら山田は目付きの悪い黒い瞳を無言でジャックのほうに向けた。



「俺の主は……、サクラはまだこういうのに慣れていなくてな。見せたら色々とトラウマになりそうだから気絶させた」

「容赦ないねー」

「これでも甘い方だぞ? お前等とはまた逢えそうな気がする。また逢えたらいいな。……そうだ、ヤマダ。他の人間なら喰ってもいいが、サクラに手をかけたら殺す」


智雅と葵に笑みを浮かべて、山田には若干の殺気を込めてジャックは言うと雑にさくらを担いで葵達と別れた。その背中を見送りながら葵は「そうだね……」と呟くように答えた。



「漠然としているけど、私もまた会える気がする」



背後で、山田が捉えたばかりの少女を食べるのを感じとりながら平穏な様をした。山田のまるで先ほどまでの経緯をすべて忘れたかのような食べっぷりを、智雅が笑顔で見守りながら「そうだといいね」と言った。

   

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