ミックス | ナノ


▼ 逃走中パロ

 

端末機器から知らせを受け取ったアイはミッションの内容を読んでいる最中、別の知らせが来て文字を追うことを止めた。



「もう脱落者がでたのか」



それは脱落者の知らせ。気になり、中を見てみると「ワイルト・セデレカス」という見知った名前が見えた。すぐに見なかったことにした。あまりに情けない。首を振って集中をミッションの内容にそらした。中は簡単。最初のミッションはこのエリアに隠された鍵を探しだして隣のエリアに移動しろとのことだ。鍵の数は8。そして、8つの鍵が拾われた時点でこのエリアに一人ハンターが追加されるらしい。現在、二人だけでもやっとなのに。アイは一度蒼に見つかりそうになっている。現時点、この狭いエリアで二人のハンターから隠れるだけでも一苦労なのに、これ以上増えてもらっては困る。



「ああ……。さっき蒼から逃れて、ルイトがこっちを向いたし、大丈夫か俺」



アイは建物の隙間に身を隠しながら不安のため息を吐いた。アイはもともと体育会系ではない。シドレとワールが目立ってよく戦うことがあったが、アイは専ら情報で支援をしているばかり。ルイトや蒼から逃れる自信はなかった。せめて能力さえ使えればと再びため息を吐くのだった。



―――――――



この狭いエリアの中央、そこには川が流れていた。見る人の価値観によって、その川の大小が変わるくらいの。その川には一本の端が渡っており、その下でイヨは受信したメールを何度か確認しながら視線を川の底を眺めた。そこには小さな宝箱のようなものが置かれていた。川の水の流れで装飾などは確認できないが、あれが沈んでるのは怪しい。



「あかるさまだが……近付かないと見えない宝箱とは、なんとも上手い具合に隠したものだな」



呟きながらイヨは川の深さを確認。宝箱を取るためにはどうやら足の太ももまで濡らさなければいけないようだ。イヨは躊躇わず足を水につけようとして、はたと止まる。なにか気配が近寄っていた。すぐに橋のしたに隠れる。上を盗み見れば、そこにはヘッドフォンを装着したルイトの姿があった。
息を殺し、静かにルイトが去るのを待つ。



「……」

「……。いま、何か聞こえた気がしたんだが」

「……」

「気のせいか。それにしてもこのヘッドフォンって気持ちわりぃ」



ルイトの最後の方は遠ざかって行くせいでよく聞こえなかった。
ルイトや蒼はそれぞれ能力を抑制するために、特製のヘッドフォンとサングラスを装着している。普段とは違ったそれにまだ慣れないのだろう。



「……ふぅ」



イヨは宝箱奪取を再開。今度こそ水に浸かり、そして袖を捲ってから宝箱を取った。岸に上がって、手にしたそれを確認した。簡単につくられたおもちゃのようだった。プラスチック製の宝箱は茶色をベースに金色が混じったように塗られ、これもまたプラスチック製の宝石が埋め込まれている。鍵穴は宝箱に描いた絵のようだ。
宝箱をすっと撫でてからイヨは開けた。どうやら磁石で繋がっていたらしい。そして、中から現れたのは。



「……カード?」



そう、カードだった。ICカード。イヨは裏と表を何度も何度も繰り返し確認した。



「いや、まあ、確かに鍵といったら鍵かもしれないが……」



昨夜、このゲームのために泊まったホテルでは情報の漏洩や盗みなどを考慮して部屋の鍵はデジタルにロックされ、鍵はアナログのそれではなくICカードだった。
しかし鍵といえば、鍵穴にさして回すほうの、アナログの鍵を連想する。実際、イヨもそれを想像していたわけで、今は拍子抜けしていた。



――――――――



「路地裏にある気がする」と、超人的な……いっそ奇跡とも呼べるほど正確な葵の第六感は唸った。すでに葵は智雅と協力して鍵を一つ手に入れており、今は智雅の分の鍵を探していた。ちなみに、鍵の形状はアナログの方だ。
葵と智雅が路地裏に入ってから数分が経過し、ミッション開始から五分が経っていた。このミッションの制限時間は十分。急がなければいけない。



「くそ、落ちてないなー……。葵ちゃんの鍵はベンチに置いてあったのに」

「鍵が見つけられなくて脱落者になるひともいるかもしれないね」

「俺たちはそうならないようにしないとね」

「それにしても山田さんはどうして逃走中に参加しなかったんだろう。身内が多い方が賞金が手に入りやすいのに」

「まあ、山田にお金の概念がないからなー」



智雅はため息。
ふ、と葵が建物の壁を見る。その先には窓だ。窓には観賞用の植物がずらりと並んでおり、此方を見下ろす。葵は立ち止まって、それを眺めたあと「智雅くん、あそこ」と指をさした。しかし智雅と葵の身長は低いのだ。高い位置にある窓に手は届いても目で確認できない。



「あそこ怪しいんだけど、高い……」

「こういうときに山田が欲しいよ。葵ちゃん、肩車するから乗って」

「ええっ……!?」



葵が大声を出しそうになって智雅が急いで口を塞いだ。これにはさすがに葵も驚く。もう肩車をする歳でもないし、重さでもない。なにより精神的に肩車は嫌だ。14歳のプライドというやつだ。



「と、智雅くん、私より背が小さいし、持ち上げるのは出来ないんじゃないかな……!」

「えー、そう? 身長なんて数センチの差じゃん。それに『持ち上げた』ってだけならいままで散々、葵ちゃんを持ち上げてるよ、俺。逆に葵ちゃんは俺を担げないでしょ? 鍵が取れないとハンターに捕まるし、葵ちゃん、さあ!」



智雅はしゃがんで壁に手を当てる。葵は言葉に詰まる。いままで、確かに智雅に持ち上げられる機会はいくつもあった。おんぶから横抱きまで、さまざま。米俵を持つような格好で持ち上げられたこともある。
自分より少し小さな背、もしくは同じくらいの身長なのに片腕で葵を支えるほどの智雅だ。肩車くらいわけない。だからといって、プライドを優先させて大金を逃すわけにもいかないのだ。

葵はしばし奥歯で歯軋りをさせたあと、顔を真っ赤にしながら智雅の肩に足を通した。葵がしっかり座ったと確認すると智雅は安定したバランスで立つ。葵は智雅の頭に手を置いて、そしてすぐに窓を確認。やはり――。



「あった!」



葵の持つ近代的な鍵ではなく、アンティークな程よく錆びた鍵が、植物の間に不自然に存在していた。手にとり、葵はガッツポーズをした。智雅から降りて渡すと二人はハンターに見付からないように急いで橋の向こうにあるもう一つのエリアに向かった。



――――――――



弥生は青ざめていた。それはもう、この世の終わりだと言わんばかりに。
ミッション終了の報せが弥生をここまで絶望させたのだ。

一緒に茂みに隠れていたシドレと鈴芽のふたりとはミッション開始と同時に別れており、弥生は一人で鍵を探していたのだが、どうやら制限時間内にみつからず、次のエリアに行くことは叶わなかった。しかも、鍵は自分以外の全員が取れて、しかも全員が次のエリアに行けたというのだ。さらに弥生が青ざめる理由がある。それは、この弥生の近くで新しいハンターが解放されたというのだ。



「どっ、どうしよう……!」



焦る焦る。
しかしどこを見渡しても隠れられるような場所はないのだ。
ここは一本道。真っ直ぐ先は行き止まり。戻った先も行き止まり。左右に路地裏への道はあるものの、路地裏の先は行き止まり。全てが行き止まりのようなものだった。たとえ来た道をもどったとしてもハンターから逃げ切る自信はない。弥生がそうやって立ち往生していると、道の奥で黒い影が見えた。
黒い、黒い。真っ黒なスーツはハンター共通だが、彼は髪の色も、そしてサングラスも。そして冷徹な纏う雰囲気が、黒。

とにかく弥生は逃げようと動いた。しかしすでに新しく解放されたそのハンターに捕捉されていたのだ。追ってくるのがわかる。
つい弥生は路地裏に潜り込んでしまった。咄嗟の判断では冷静であるときと別の答えを導きだし、とにかく逃げようと考えたのだ。しかし、すぐに行き止まりまで追い詰められてしまう。大切なカメラを抱えて背中に壁をつける。ハンターは無表情のまま近寄ってくる。



「あ、あ……あぁ」



蛇に睨まれたカエルの気分。体はどこも動かない。



「弥生、捕獲」



中性的な声の彼が弥生の肩に触れた。

   

- ナノ -