▼ A stray chiid
組織の六階。それは研究部が管理するところで、機械開発班をはじめとし、術考案班などが存在する。
その日、リャクとナナリーは定期点検をするために六階に訪れていた。あれやこれやとアドバイスするリャクの後ろでナナリーは彼を頼もしく思いながらも可愛い可愛い可愛いと思って見つめる。見つめる。見つめる。
「……おいナナリー。お前も……、ん?」
「? どうかしましたか?」
リャクはふと会話を中断させた。静かにしろと言うのも面倒なのか、人差し指を唇の前に固定させる。ナナリーも含め、周囲の人はそれだけで静かになった。ナナリーが変な表情をするがリャクは怪訝な視線を送るだけに留める。
「音がしないか?」
「はい、下から足音がしますね。でも下の階は暗殺部が管理する五階ですから……。……なんで足音がするの? 暗殺部が昼間に五階へ行くことは、というか暗殺部って五階にあまりいきませんよね」
「……ふむ」
極めて小さな音だが、術を使えばその音ははっきりと鼓膜に伝わる。ナナリーは懐から長方形の紙を取り出して「私が確認してきます」と言った。リャクは小さく頷いて、ナナリーはそれを確認すると白衣を翻して五階へ向かった。
五階につくと、すぐにナナリーは封術の詠唱を開始する。特定の人物のみを五階から出入りできないようにする。この場合の特定の人物とは五階にいる謎の人物だ。紙を壁に貼り付けて詠唱を完成させたナナリーは五階の中を進んだ。部屋の扉すべてには鍵が掛かっていて開けることは難しい。それを確認してさらにナナリーは奥へ進む。
「同じ風景だよ……声響くよ……なんで人いないの……」
まだ幼い子供の声が響いて、ナナリーはその声のする方へ急いだ。そのとき、瞬時に思考が早くなる。子供が侵入者なのだろうか。そもそもなぜ部外者の子供が建物の中に入ることが出来たのか。声からして10才の少年かもしれない。少年、少年、少年、ショタ……!
視界の先に白い人影が見えて、膨大な思考を一時的に停止した。そして話し掛けてみる。
「あ! ……そこの君」
「ボク?」
「ちょっとお話いいかな?」
「?」
話し掛けてみると、やはりまだまだ幼い少年だ。良く言えば過剰に子供好きなナナリーは警戒されないように優しく話し掛ける。頭のなかでは敵かもしれない、侵入者かもしれないと思っているが直感的にそれを否定したくなる。
白い少年――白亜はきょとんとした表情をしてナナリーを見上げる。その表情には何処か安堵した感情も見え隠れしていた。
「見かけない子だけど、どうしたの?」
「え、えっと、ボクは、その、えっと、とりあえずそれ以上僕に近づかないで!!」
大人しそうな白亜が突然声を大きくしてナナリーは驚いた。「え?」と、ナナリーがきょとんとした表情になり、すぐにまた思考が早くなる。
私のやましい思考が早々にばれてしまったのだろうか。しかしいまの発言により、この上京といい、無能者……それどころか一般人である可能性は極端に低くなった。それに反比例して悪意の無さも感じ取ることができる。真っ先に私の心配をした優しい少年だな。これから殺されるかもしれないのに。それにしても……私……拒絶された……。
「ご、ごめんなさい。嫌いとかじゃなくて、その、ボクは人に触っちゃダメだから……」
ゾクリとナナリーの背中に何かが走る。確実に無能者ではない。忠誠を誓うボスへのいい手土産になるかもりれないと思いつつも、純粋に白亜へ興味がわいた。この子は一体どういう子なのだろうかと。
「? それはどういう……」
白亜の発言はテアをすぐに連想させた。テアは触れることで相手を無意識に殺してしまう。寿命を吸い取るわけではない。触れた途端に心臓をとめてしまうのだ。
「おい」
そこへナナリーのよく聞く声がした。ナナリーはすぐに振り向いてその小さな上司の登場に驚く。
「リャク様? どうして……」
「お前が遅いから来てみたらなんだこいつは」
「ボク?」
「何であんなガキに手間取ってるんだ? 殺さないのか?」
リャクは容赦なくその鋭い目を白亜に向けた。白亜はびくりと驚くものの、しっかりと見つめ返す。
二人を交互に見たナナリーはふにゃりと顔が緩みそうになるのを我慢することにただ必死になる。
「殺されちゃうの!!? ボク、探検してただけなのに……って近づかないで! 傷つけちゃうから!」
……探検?
ナナリーはその言葉におかしいと思った。迷子の可能性が浮上してすぐにリャクを見たがすでに遅い。
「……どういうことだ?」
リャクは白亜に興味がわいてしまった。ナナリーはリャクの考えていることがよくわかるが故に白亜をあわれに思う。とにかくリャクに理性やら規律やらを意識させなくては、どんな手を使っても研究したがってしまう。
「そ、そういう能力だから……詳しくはまだ言えないよ。あなたのこと、何も知らないもん。だから、それ以上近づいちゃダメ」
「……」
リャクの目が細くなった。腕を組んで一瞬何か考える。金髪が少し揺れて、リャクは唇をなめた。
「お前は何処から来た? 一人か?」
「違うよ! イヨって人と一緒に来た。イヨ姉ちゃん、ここにいるツバサさんって人に会いにきたんだけど、その人まだお仕事中で……二人で待ってたらイヨ姉ちゃん、お昼寝しちゃって、それで……」
ツバサ。その名を聞いた瞬間リャクの近くでピリッと小さな静電気が走った。ナナリーの背中は冷や汗で濡れている。
「暇で探索してたと」
「うん! ……ここ、入っちゃダメだったの?」
「別にいいが大したものはないし、無意味だったな。とにかく……」
「白亜!」
「あっ!」
突然、リャクの言葉を遮る女性の声に白亜はぱっと表情を明るくした栗色の髪を靡かせてリャクとナナリーの横を通り、白亜に近づいたのはイヨだった。
今さっき白亜自身が人に触ったら傷つけると言っていたのに、イヨの胸に自分から飛び込む白亜と、何も変化がないイヨをリャクは観察する。
「探すのに苦労したぞ」
「探検してたら迷っちゃった」
「ったく……。貴方達にご迷惑をかけてしまった。すまない」
「大丈夫です 」
ナナリーがリャクにかわって返事をし、愛想よく微笑む。リャクは腕を組んだ状態で喋らない。
「イヨ達は気にすることないよ。ナナリーは別として、どうせリャクは興味本位で来ただけだし」
リャクの眉間に深いシワができた。ナナリーはその声を聞いて苦手意識故にリャクを宥めようとした声も出なかった。
「? よく分からんぞツバサ。というかお前はついてこなくで良かったのに」
「ここでは珍しい能力者だけで、研究のチビに会わせるのは危険だから」
イヨのあとを追ってきたツバサがリャクを見下ろしながら言うと、リャクの周りにピリッと静電気が一瞬流れた。白亜は状況がよく解らずイヨの後ろから周りを見ていた。するとイヨが前に進み、二人の間に立った。
「ツ、ツバサ! 白亜も紹介したいし、外に出て何か美味しいものでも食べよう!」
「え」
「いいから早く行くぞ! そういえば此処に数量限定のケーキを売っているカフェが……さ っさと行かんと食べれないんだ! ほら、白亜も!」
間に立ったかと思えば素早くツバサの腕を掴んでイヨは階段へと向かった。ツバサとリャクは犬猿の仲で、すれ違うたびに大変なことになるのを知っているイヨは一秒でも早くこの場からはなれたかったのだ。
「えっと、ボク、今度はちゃんとお話したいな! ばいばい、ナナリーさんとリャクさん」
笑顔で手を振ってから白亜はイヨについていく。ナナリーが手を振り返すも、リャクはやはり何もしなかった。
ツバサと白亜を連れてイヨが連れて行く様をみて、ナナリーは封術を解除して一息つく。リャクは口角を少しだけ持ち上げた。
「面白い」
「あの少年ですか?」
「あのガキがただのガキとは思えんな。革命組織とやらの棘が連れている能力者とは……」
「また会えたらいいな。あの子可愛かったし……、あ、でもリャク様が一番好きですからね!」
「馬鹿か。別に気にしてないわ」