▼ Reflection sentence
「――だから、人間の本当の気持ちって案外単純な単語で文章には出来ないと思うんですよ。本心を文章にするなんて不可能に近いとオレは考えるんです」
「へえ、そうですか」
「つまりですね……、いくら反省文の原稿用紙を増やされてもそんなの必死の文字稼ぎであって結局の本心は『ごめんなさい』。たったそれだけです」
「へえ、そうですか」
「ですから原稿用紙を笑顔で増やすの止めてもらえません? 資源の無駄ですよ。文字稼ぎで感情のない文章を読んでも楽しくないでしょう。国語の教師なら尚更」
「へえ、そうですか」
「オレの話一切聞いてないよね」
「へえ、そうですか」
「だから空っぽの返事をしながら原稿用紙を増やすの止めてって」
二時間前、学校の授業は全て終了した放課後。ソラはいつも通りルイトと帰ろうとしたのだが待ち合わせまで行く道中に先輩から喧嘩を売られ、応戦した。さきに向こう側から問答無用で殴りかかってきたのだが。結果として相手の召喚師はエネルギー切れで現在保健室に。派手に暴れたソラはこうしてアゲハに職員室まで連行されたのち、反省文を書かされている。
ソラは被害者側ではあるものの学校の備品を複数壊していることが原因となっている。
「ドS。悪魔。鬼」
「これで15枚目ですね。おめでとうございます」
「オレ、マゾヒズムらしい性癖なんてないんだから止めてよ。サディスト」
「私だってサディストではありませんよ。失礼ですね」
「うわ、16枚……。先生、これは生徒に対する精神的な虐待です。理事長に掛け合って訴えます」
「おお、怖い怖い」
「っち」
「お前ら、もう6時だぞ? 職員室でなにやってんだよ」
やはりソラの口車には乗せられないアゲハを見て舌打ちをした直後に職員室のドアがガラリと開き、紲那が現れた。残業を共にしたツバサも後に続いて職員室に入り、二人はソラとアゲハの近くまで行くとその現状を理解した。
「あははは、可哀想に可哀想に」
心にも思ってない言葉を言ってツバサはくすくすと笑いながら自分の席に座って別の仕事を始めている。
紲那はまだ『備品を問答無用に壊してしまって申し訳ありません。』としか書かれていない作文を見て、続けてソラを見た。
表情は相変わらず一定をキープしている。
「まあアゲハ。許してやれよ」
「反省文はけじめです。一文だけでは許しません」
「でもここで何時間も捕まえたってしょうがねえだろ。一文でも気持ちがこもってりゃあ……」
「……っ紲那先生サマ」
ソラがパッと紲那を見上げた。紲那は笑う。アゲハはソラと紲那が組んだことを瞬間的に悟り、意見を求めるようツバサを見た。しかしツバサはさらりと微笑んで鏡のように反射させてしまった。アゲハは溜め息。
「今回は特別に見逃しますが、次はありませんよ」
「よし。アゲハ先生ありがとう。紲那先生も」
「俺は自分の意見を言っただけだ」
「わあ、イケメン。じゃあオレ帰ります。さようなら」
ソラは颯爽と鞄を持ち上げて職員室を出た。
アゲハはソラが一文だけ書いた原稿用紙を持ち上げて「今年も困った生徒が入学しましたね……」と呟いた。