▼ Relation
「リカ、あとでシングとミルミに連絡とっておいて。仕事に日暗さんがついていくよって」
リカは頷いた。ツバサの後ろに立ってからリカが初めて身動きをした。日暗はまだ幼いのにちゃんと仕付けられている、と感心する。日暗が感心するなか、ツバサは手元の紙をパラパラと捲って「それと……」と話を続ける。
「宿の話。うちに来客用に宿泊できる部屋があるんだけど、泊まる?」
「え!?」
「無料といえば無料。朝昼晩の食事は俺が奢ることにしよう」
「い、いいのか……!?」
「金には困ってないし、構わないよ。ただ、情報はいただきますけどね」
「……抜け目ねえな」
「そうでもしないと暗殺部に寝首をかかれて殺されちゃうよ。痛い思いはしたくないんでね。そうだな……日暗さんは今日中にやりたいことってある? もう夕方になるけど」
「んー、街を見てまわりたい……、かな。ほら、ここに来るまで少し見てたんだけど興味あるしな。うちとは全く違う……共存共栄した街に。あ、案内とかいらないぜ。迷子にならない自信はあるから一人でまわる」
「そう。こっちも準備をしたいからそれはありがたいね」
ツバサは立ち上がって「ロビーまで送ろうか?」と聞いたが日暗はやんわりと断った。リカが自分の数倍もあるドアを開ける。ツバサとリカがその場で見送り、日暗とは一時的に解散することになった。
ツバサは日暗を仕事に参加させる手続きをするために応接室を片付けてから建物の上層部に移動した。
「ツバサ、簡単にあの能力者を受け入れたが本当にいいのか?」
「ああ、そのこと?」
「なにか理由でもあるのか? 外部に『体験入学』をさせるなんて聞いたことがない。他のボスや補佐に言ったら反対されるぞ」
「あの人の実力が上のほうだってリカも見れば分かるでしょ?」
「そういう話をしているわけでは……」
「『能力者』。俺たちみたいな能力者とはまったく別の『能力者』。面白くない? 興味が沸くでしょ」
「……」
自分の先を歩くツバサが一瞬だけリカを振り返った。青と紫が混沌とした瞳に込められた感情など、リカにはわからなかった。あるいはなにも込められていない空っぽだったかもしれない。
「さてさて、カノンに報せとかないとね。シングたちに能力者がついていくよって。ああ、準備準備」
わざとらしく忙しそうな声を出し、ツバサは上着を翻す。相変わらずなにを考えているのかわからない上司にリカはため息をついた。
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「え? あ、ああ……了解した」
シングはリカから日暗が仕事についていくという連絡を受けた。部屋に備え付けてあった電話を切る。
「マスター、どうしましたか?」
「いや……。このまえ能力者と対峙する仕事があっただろう? あの時会った能力者が一緒に雪国の仕事をするらしいんだ。『体験入学』だとかで」
「はあ!?」
シングの話に一番驚いたのはルイトだ。シングに雪国の情報を伝えるために訪れていたのだが、驚いてシャーペンの芯を折ってしまっている。
表情の変化がほとんどないミルミは「そうですか」と言った。
「……意味わかんねえ」
「カノン様が許可したらしいし、俺たちが文句を言っても仕方がないだろう」
「カノン様、絶対寝惚けてただろ……。って、おい!! どさくさに紛れて俺の手に落書きすんなシング!」
「悪いな。驚いて手が滑ってしまったようだ。恥ずかしい恥ずかしい」
「嘘言うな!! ったく」
黒色の油性ペンを持ったままシングは照れ笑いをしたてみせた。ミルミは黙ったままシングとルイトを交互に見る。
「いやぁ、今回の仕事は愉快になりそうだな」